クリスマスイブの出来事
今でこそ、日常的な危機管理にはうるさい麻季子だが、最初から万全だったわけではなかった。むしろ、多少痛い目に遭ったことがあるからこそ安全への意識変革ができたのだと感じている。クリスマスに伊豆へ |
二人だけの旅行が楽しかったので別れがたく、麻季子がお茶でもと誘い、春彦は車をアパートからわずか数軒先の距離にあったコインパーキングに入れた。春彦が麻季子のボストンバッグを持ち、自分の荷物は車に残していた。麻季子を送り届けたら帰ろうと思って、春彦は車の鍵だけを持って出ていたのだ。
麻季子の部屋でお茶を飲みながら、美しい風景やちょっとした出来事などの話題で旅の余韻を楽しんだ。疲れてはいたのだが、当時は二人ともまだ若かった。翌日からはまた仕事が始まる。次の週末まで会えないとなると、どちらからともなく自然にベッドに吸い寄せられていた。クリスマスイブの夜、二人は祈りにも似たひとときに翻弄されることを迷わなかった。
あなたがプレゼント |
「このまま泊まっちゃおうかな~」
「朝、大変じゃない?」
「んー、起こしてくれるなら大丈夫。道が混むから早く出ないとならないけど」
「ちゃんと目覚ましかけておくから大丈夫。あ、でも荷物、車の中に置きっぱなしじゃない。お財布も」
「大丈夫だよ~。駐車場の中だし」
「でも、車の鍵しか持ってきてないでしょ?」
「平気だよ。鍵はちゃんとかけたんだから」
「ならいいけど……」
車のダッシュボードに無造作に入れた春彦の財布が頭に浮かんだが、年末の寒い夜更けに、荷物を取りに駐車場に行くことは考えたくなかった。春彦と一緒の暖かいベッドを出ることはよほどでない限り、あり得なかったのだ。
翌朝、麻季子は目覚まし時計の鳴る前に起きて静かに朝食を用意した。レースのカーテン越しに日差しが入って来る頃、コーヒーの香りが部屋を暖かく満たした。朝日の中で向かい合っていると、旅先とはまた違った穏やかな安心感があった。互いに口には出さないが、将来は結婚するだろうという予感があった。
玄関で軽くキスを交わして、「行ってきます」と言う春彦を見送ると、一足早い新婚生活を体験しているような気分になり、麻季子は思わず微笑んでしまっていた。出勤するにはまだ早かったので、もう一杯コーヒーを飲もうとしているときだった。あわただしい足音がしたと思うとドアを激しくノックされた。
「マッキー、大変だ」
ただならぬ声の調子に、はじかれたように立ち上がりドアを開けると、春彦が息を切らしながら、
「やられた」
とだけ吐くように言った。