<全2回>
年末のある日、夫の春彦が帰宅すると近所にパトカーが来ていると麻季子に伝えた。二人で連れ立って人だかりのする場所に行ってみると、斜め向かいに住む吉川さんが二人の姿を認めて近寄ってきた。麻季子と春彦の若き日のエピソード。痛い思い出を幸せにつなげる秘訣は?
パトカーと人だかりの理由
パトカーと人だかりが |
「加瀬さん。こんばんは」
「こんばんは。吉川さん、今朝はどうも」
「あのね、今訊いてみたらね、車上狙いですって」
そう聞いて麻季子と春彦は顔を見合わせた。二人の脳裏に同じことがよぎったが口にはしなかった。
「しかも、3台も同時にやられたらしいの。あ、ほら、今警察官に話をしている人。あの人が被害に気づいて通報したんですって。ほかの2台のは警察が来てほかの車も調べてからやられているって分かったって」
「青空駐車場ですからね、ここは。誰でも入れる場所だし」
「でも、夜間は真っ暗って感じですものねえ」
「3台も同時になんてねぇ。窓ガラスを割られたり、鍵を破られたりしたそうよ。怖いわね。それで誰も不審者の姿は見てないって」
「人通りが少ないですし」
「なんかカーナビとか、高速券が何枚とか小銭がどうのとか言ってたみたい。金目のものは全部盗まれたそうよ」
「カーナビはよく盗まれるって聞きますね」
「高速券もつい入れっぱなしにしちゃいますからね。金券ショップとかで売れるからなあ」
「うちとか、加瀬さんところはシャッターがある駐車場だから大丈夫でしょうけど。こういう誰でも入れるところだとねえ。あ、それじゃ、お先に。おやすみなさい」
「おやすみなさい。お気をつけて」
そのまま引き続きしばらく現場を見ていると、また一人被害者らしき人物がやってきて、車内を確認して警察官と話をしていた。盗まれたものを伝えているらしい。いきなり両手で頭を抱えてから空を見上げるようにして大きなため息をついていた。かなり大事なものがなくなっていたようだ。春彦が麻季子の肘を押して「帰ろう」とうながした。夜道をまた二人で歩きながら、同時に口を開いていた。
「車上狙いなんて」
「なんだかいやなことを思い出すな」
「ねえ、この辺も危なくなってきたということかしら。朝にもねえ、吉川さんが言ってたけど、一丁目で不審者が出没したって」
「もう今は、どこであろうと関係ないだろ。安全な場所なんてないよ」
「ほんと。でも私、つい昔のことを思い出しちゃった」
「俺もだ。痛い思いをしたからな」
自宅に戻り、麻季子はうがいと手洗いを先に済ませると、翔太に風呂に入るように言い、食事はいらないという夫のために急いで熱いお茶を用意した。
「今頃というか、ちょうどクリスマスのときだったわね」
「もうあれから11…12年くらいか」
「結婚前のことだから」