穏やかな結末
春彦が麻季子の言葉を受けて言った。「そう考えてもいいし、ただ確認するためだけだったとしても、こちらが高野君一人じゃなくて、会社も把握しているかもしれない、場合によったら警察にも行くかもしれない、という意思は伝わったということは分かった」
「何か、その人の記憶に残るようなことがあったんじゃないのかしら? それで、その人が会社に来た日にたまたま詩織さんが尾行されたってことが考えられない?」
「え~? あの日に会社に見えていたかってことは今すぐには思い出せません。ただ、受付の記録を見れば分かるはずですが。うーん、でも」
考え込む詩織に、北村が心配そうに話しかけた。
心配そうな隆二 |
「それが、だいぶ前に受付でたまたま私がお昼から戻ってきたときにちょうど来社されて、カバンから何かを取り出そうとして落とした物を私が拾って差し上げたことがあったんだけど、それくらいしか思いつかない」
「あ、きっとそれよ。多分、詩織さんのことだから、笑顔で手渡したんじゃないかしら。それでズキンと来ちゃったんじゃないかな」
「ええ? でもそんなことで?」
「何がきっかけになるかなんて分からないものよ。それで、たまたまあの日、会社に来ていて尾行したって考えるのが自然かも」
「取引先なら会社のメールアドレスを知るのも簡単だしな」
「あ、メール! ちょっと待ってください」
北村がパソコンを取り出してチェックして、何もないと告げた。あの男が何を書くことがあるだろう? 誰もがそう思った。
「あの、もう、誰かということは分かったし、とにかくあの場に近くまでは来たってことで、謝罪するつもりがあったと思ってもいいのかなって。多分、今後も会社に見えることがあると思うので、もうこれ以上は……」
「まあ、ほかのスパムメールなんかと同じように無視すれば済むことか。向こうもサラリーマンだから、不祥事はマズイってことくらい自覚してるだろ。フリーメールでちょっとイタズラをしたつもりでも、やっぱり他人を脅すようなことは許されないってことが分かったんじゃないか、十分懲りただろう」
「こちらは知らないふりをして堂々と普通にしていればいいと思います」
「その後メールを送っていないということで、向こうも何か感ずるところがあるだろう。高野君もこれ以上は望まないようだし」
「ええ。だって、もし実際に向き合ったとしても、何を言ったらいいのか」
「そうねえ。なぜあんなことをしたんですかって訊いても、答えようもないでしょうし。テレビドラマや映画のように向かい合って話し合うというのは現実的じゃないわね」
皆、黙ってうなずいた。最後に詩織があらためて言った。
「本当にご迷惑をおかけしました。私、もう大丈夫ですから」
「僕もこれまで以上に彼女のこと、気をつけてあげるようにします」
「うん。二人がしっかりしていれば大丈夫だよ。まあ、今後は注意して行動することだ」
「尾行されていないか、後ろを振り返る習慣をつけるといいかもね」
「はい、そうします。それに、隆二さんが頼りになりますから」
若い二人が微笑みながら見つめ合っているのを、春彦も麻季子も釣られて笑顔になって見ていた。その後、二人を近くの駅まで送ってから、横浜の自宅まで春彦の運転で帰ることにした。行きとはまったく違う気分だった。
「北村さんってなかなか男らしいわね。守ってあげるなんて、今どきそう言える男は滅多にいないわよ。それと詩織さんも若いけど冷静というか、思ったよりしっかりしてた。ちょっと二人のことは見直したわ」
「うん。なかなかいいカップルだね。それに俺の郷里はいい男が多いのさ。俺も含めてね。ハハハ」
「ああ~、金曜日から今日まで3日間大変だったわねえ。今日はちょっと飲みたい気分」
「そうだな。久しぶりに赤ワインでも飲もう」
「明日は月曜日だけど、いいの?」
「早めに飲めば平気さ。それで早めに寝れば」
久しぶりに赤ワインを |
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