無言の意味
男が歩いて行く |
「今、男の人が喫茶店の前を通り過ぎてから戻って、結局店には入らずに駅の方向に歩いていきました。多分、知っている人だと思います。どうしたらいいですか?」
少ししてから北村からメールの返事が来た。
「僕たちも見た。ただ、もうしばらく待とうと先輩が言っている。引き続き頼む」
麻季子も同じメールを見ていた。確かに店の外を一人の男が歩いてまた戻り去っていったのを見た。麻季子が入店して以来、誰も喫茶店には入ってきていない。たまたま偶然、通りかかったというだけなら、来た道をまた戻って行くのは不自然だ。詩織が知っている人のようだというのなら、その人物なのではないだろうか? しかし、春彦が言うようにまだ約束の時間を少し過ぎたばかりだ。
3ヶ所でそれぞれ引き続き見張っていたが、喫茶店には女性の二人連れや若いカップルなどが入って来ただけで、該当するような人物は登場しなかった。3時30分を回った頃に、北村からメールが来た。
「マックから少し先の角にて車で待っています」
麻季子は喫茶店で会計を済ませ、詩織は飲み物を片付けてそれぞれ店を出て、駅とは逆の方向へ少し歩いて車に近づいた。助手席から北村が降りて麻季子が乗り込み、後ろの座席に北村と詩織が座った。春彦が後方を確認して車を出発させた。皆、慣れないことで疲れたのか言葉を発しなかった。途中、ファミリーレストランを見つけたので落ち着くことにした。
ごゆっくりどうぞ |
「あのう、多分、あの喫茶店の前を歩いて戻っていった人、会社に来る人なんですよねぇ」
「俺は知らないんだが、北村君も見たことがあるらしい」
「あ、僕も直接知っているわけじゃなくて、社の応接室の前ですれ違ったことがあったり、エレベーターで一緒になったことが何度かあるくらいなんです」
「やっぱり会社関係の人だったの? いったい何者?」
「私が入社した頃からすでにお取引先だったようです。最近は社に見えることは少なくなっていますが、受付で何度も応対しています。ですから当然、私のフルネームはご存知なんです。バッヂを当時はつけていましたから。でも、必要なこと以外で話したことはなくて。別に応対時に変なことを言ったりしたりする人でもなくて。本当にどちらかというと地味なタイプの人なんですよねぇ、印象が薄いっていうか」
ふう~と詩織がため息をついて肩を落とした。
「でもとにかく、脅迫メールを寄越した人物で間違いないのかしら?」
「とりあえず面識がある人物が日曜日のこんな駅前の喫茶店でバッタリ会うなんてことは確率としてはかなり低いだろう」
「入ろうとして躊躇したってことは、こちらを確認しようと来てはみたものの、やはり土壇場になって逃げたってことでしょうか」
「喫茶店内にはそれらしく見えるような人はいなかったわ。でも、入りはしなかったけど、来た、ということは、謝罪する気があったということかしらね」