見張りの布陣
翌日、午後2時少し前に駅そばに車をつけた。変装したほうがいいという麻季子の勧めに従って、詩織はかわいい帽子を被り、ダテ眼鏡をかけていた。「じゃあ、打ち合わせた通りで。多分、ここなら車で来るより電車で来るだろう。車で来たら余計に自分の情報を知らせることになるくらいは分かっているだろうから。俺と北村君は車でちょっとぐるっと回って喫茶店とは反対側の通りで止めていよう。麻季子と高野君はとりあえずマックの2階に行って、見え具合をチェックしてくれ」
麻季子が詩織と連れ立ってマックに行き、飲み物を頼んで2階の道路を向いたカウンターに席を取った。春彦と北村は車で走り去り、駅側から店よりも遠い位置に車を止めてから電話を寄越した。
「はい。あ、ええ、すごくよく見える。じゃあ、30分前になったら私は喫茶店に行くわね。はあい、じゃね。詩織さん、車からもよく見えるって」
「よかった。でもさすがにかなりドキドキしてきました」
「そうよねえ。知っている人でも怖いし、知らない人ならもっと怖いわよね」
「見落とすことはないですよね。気づかれることも」
「通りを歩いている人たちは誰もこの2階に目を向ける人はいないし、喫茶店に入っていく人は限られているはず。大丈夫、見落とさないわよ」
喫茶店に入る |
「今、奥様が喫茶店に入ったのが見えました。窓のそばの座席は見えますが奥までは見えません。このまま見張りを続けます。詩織」
麻季子もメールを返した。
「店内はそれほど混んでいません。該当するような人物は見当たりません。こちらから向いの店の2階は人がいるのは分かるけど、顔まで意識しないと分からないと思います」
そして、北村からメールが来た。
「了解です。では、よろしくお願いします」
喫茶店内で麻季子は入り口が見える席に座りフレッシュジュースを頼むと、時間つぶし用に持ってきた単行本を開いた。携帯電話は座席の上で腿に半ば隠すようにしておいた。約束の時間にはまだ早いので本を読むことにしたが、集中することはできなかった。時間の経つのが遅く感じられる。
詩織は店の2階から道路をしっかりと見張っていた。3時少し前に一人の男が駅のほうから歩いてきた。背広ではなくカジュアルな服装をしているが中年のごく普通のサラリーマン風に見えた。肩からショルダーバッグを提げている。特に意識して見てはいなかったが、ハッと思わず身を乗り出しそうになった。見覚えがある男の気がしたのだった。
男は喫茶店のほうをチラリと見て歩きながら、いったん店の前を通り過ごした。しかし、10メートルほど行くと立ち止まり振り返った。何か思案するように喫茶店のほうを見ていた。そして意を決したように、喫茶店のほうに戻って歩き出した。詩織は麻季子に言われていた通り、飲み物の紙コップを顔の前に両手で持ち、顔を隠すようにした。男は詩織のいる2階を見上げたようにも見えたが、すぐに顔を前に戻して歩いていた。
詩織はかなり緊張して顔の前の紙コップを拝むようにしながら、横から男を観察していた。そして、頭の中で、(もし、あの人がこの店にやってきたらどうしよう)と思って一瞬パニックになりそうだった。詩織にはその男が誰か、すでに気づいていた。