綿密な計画
麻季子が申し訳なさそうに言った。「だって、現実に困るのは詩織さんでしょう? もし、相手が分かった場合、会社に来る人だったら受付で今後困るかもしれないし、身近な人や顔見知りでもいやだろうし、知らない相手ならなおのこと怖いんじゃないかしら。私が言いだしっぺなんだけど」
隆二さんが守ってくれる |
「彼女はこう見えてもなかなかしっかりしていると思います。それに相手が誰であっても、僕も全力で彼女を守ります」
自分は平凡な男だと言っていたが、北村のその言葉を聞いてなかなか骨がある男かもしれないと、麻季子は思った。
「困るのは相手だと思うんです。だって、脅迫なんて卑怯なことをしているわけだし。それに写真がどうのといってもそんなものを持っているとは思えないです。もし詩織に何かしようとしたら、それこそ警察に言えばいいんですよ」
「高野君の身の危険も考えてはおくべきだが、北村君がいるんだから」
「でも、いつもいつも一緒にいられるわけじゃないでしょう? 大丈夫?」
「何かあれば警察に通報すればいい。高野君もそういう心づもりはちゃんとしておいたほうがいいな」
「はい。慎重にします」
「とにかくメールが届くかどうか、やってみるしかないですよね」
「本人と北村さんがいいと言うなら。なんだかごめんなさい。今になって。ただちょっと後のことがね、心配で」
「まあ、女ならではの心配があるのは分かる。でも、脅迫メールを送るしかできない小心者と思えばいいんじゃないか。それに心配したらきりがない」
「奥さん、すみません。ご心配をおかけしちゃって」
「いいえぇ。私こそあまり役に立たなくて」
「とんでもないです」
「どうせこの件のためだけに作ったアドレスだろうからな。 何のことかは書いていなくても、本人が一番よく分かっているだろう」
北村がメモ用紙を頼んで受け取ると、簡単な図を書いて待ち合わせの場所について説明を始めた。
「この喫茶店の向かい側にはマクドナルドがあって2階から外が見えるし、日曜日だからウィークデイと違って道路は空いているはずです。車で道路から見張る組と向かいの店から見張る組と二手に分かれて、喫茶店に近づく人物を確認することができると思います。車は多分、この辺に止められると」
「でも、向かいに喫茶店を見下ろせる店があるって分かったら、相手も同じことを考えないかしら」
「どうかな。そんな余裕はないんじゃないか。仮に見張っていたとしても喫茶店の中までは見えないだろう。やはり直接、喫茶店に行くしか出来ないんじゃないかな。もしくはビビッてメールを無視して結局来ないか」
「そうね。喫茶店に行くしかないわよね。あ、でも、北村さんと詩織さんの二人が来ると思ってたり?」
「北村君はともかく、高野君が来るとは思わないだろうな。むしろ、二人のどちらの姿も見えなければ、第三者が来る、ほかにも知っている人物がいる、と思うだろう」
「そうですね」
「高野君がマックで、俺と北村君が車から見張るか。キミは会社関係者に顔は知られていないから喫茶店で待てばいいだろう」
「実際に現れたらどうする? すぐメールはするけど」
「僕、ノートパソコン持っていきますよ。おそらく相手も持ってくるんじゃないかな。ほかに連絡の取りようがないから。パソコンがなくても携帯電話の遠隔操作で連絡は取れるでしょう」
「まあ、持ってこなくてもキョロキョロしたら分かるだろう」
「っていうか、もし知っている顔なら私にはすぐ分かりますよね。誰か分かったら私はそれでいいと思います。それ以上追及しなくても」
「その場で実際に相手にコンタクトを取るかどうか決めて、もし実際に話をするということなら、俺と北村君で会えばいい。来なければそれまでだし」
あれこれと細かい点を打ち合わせてから、メールを送信することにした。しばらく待っても「User Unknown」のリターンメールは来なかった。翌日の午後2時に約束の駅で待ち合わせをすることにして、麻季子と春彦が車で向かうことにした。