三十代の知恵
味も見た目も |
「というより、勇気がなかったんじゃない?」
「勇気、ねえ」
「結婚には踏み切れないけど、たくさんの男の人からチヤホヤされたら女としての自尊心は保てるじゃない。その自尊心を維持するために、次から次へと男の人と付き合ったんじゃないかと思うのよ。離婚したけど、女としてダメなわけじゃない、誰もが私をいい女として認めてくれる、って」
「自尊心、か」
「挫折を知らなかったからこそ、離婚は大きな傷だった。それを認めて傷が癒えるのを待って、もう一度新しくやり直せばよかったのに、傷を認めないで傷ついてなんかいないと思って、いろいろな男と付き合うことで傷を見ないようにしてきたんじゃないかと思うの。もしくは、小さな傷をいっぱい作ることで大きな傷をなかったことにしたかったとか」
「……」
「ごめんね。言いたいことばかり言っちゃって」
泉が箸を止めて、横を向いたままつぶやいた。
「傷ついていたのかな」 |
「だと思うな。で、リョウ君でしょ。ハッキリ言って元ダンナによく似てる。イズミーは彼と会って昔の結婚前の自分に戻ったような気がしたんじゃないかな。結婚してもいいなんて言ってたじゃない」
「まあねぇ」
「無意識のうちに結婚する前の状態を再現することによって、離婚でついた傷、挫折をなかったものにしたかった。多分、リョウ君はいかにもキャリアウーマンらしい泉に話を合わせようとしただけかも」
「なんか妙に話がはずんで楽しかったのよ。乗せられただけだったのか」
「ね、よく言うじゃない? 三十代とかになって、今の知恵が二十代のときにあったら人生はきっともっとうまくいったはずだって。で、今、イズミーはお金もあるし、経験も知恵も精神的余裕もあるんだから」
「そうねえ。若いときは経験が少なかったから。で、今ないのは若さばかりなり、か。フフ。人生はうまく行かないわねぇ。でも、彼は軽いけど、悪い子じゃないと思うの」
「いや、大金を出させようとしたんだから、十分悪いと思うよ」
しばし、言葉もなく二人で箸を動かした。泉は何か考えているようでもあった。
「やっぱり、元ダンナに似ていて、若くて、しかも事業をやる、会社を興すなんて大きな話で話もノッて、イズミーもなんか過去をやり直せそうな気がしたんじゃない。でも、やっぱり現実問題としてあなたは38歳なんだし」
「もう、悔しいなあ。32歳のつもりでいたのに。リョウ君は27歳なんてウソついて。会社の話を信用させるのに25歳よりはいいと思ったのかな」
「まあ、すごい悪党じゃないけど、小悪党くらいかも。それに確かに顔はよかったし」
「でしょ?」