リョウ君、登場
ねえ、頼むよ |
麻季子は雑誌を開き、泉の存在を知らないようにそちらを見なかった。しばらくして麻季子が腕時計を見ると、すでに6時を少し回っていた。すると、泉が「あ、ここ」と言うのが聞こえた。コーヒーを飲みながらチラリとそちらを見ると、若い男が一人やってきた。
「ごめん。遅れちゃって。ちょっと先に飲み物買ってくるから」
そう言って店内に入っていった男を横目で追いながら、麻季子は誰かに似ていると思ったが、すぐには思い出せなかった。ほどなく男が戻ってきて、麻季子と泉の間の席に座った。麻季子は雑誌を見ているふりをしながら、全身を耳にして二人の会話に集中した。
「ねえ、アユミさん、考えてくれた? なんとかお願いしたいんだけど」
「お友だちはどうしたの?」
「それがさ、あいつも今日、実は金策に回ってるんだ。ぼく達も必死でさ。で、どうなの。助けてくれる? ねえ、頼むよ」
「リョウ君、私、あなたのこと何も知らないのよね。あなたのフルネームすらも」
「名前なんて。アユミさんとぼくの仲じゃない。ぼくの将来をアユミさんは買ってくれてると思ったけど」
「それだけでお金は出せないわよ」
「だからあ。絶対に損はさせないって。それに前に話したときにはOKって感じだったじゃない」
「じゃ、事業計画書を見せて」
「え?」
「事業計画書。会社概要、経営理念、経営目標。マーケットの規模と成長性。競合他社の状況や、収益構造。販売内容と方法。営業戦略、告知戦略に外注政策。設備計画に資金計画。今後のアクションプランは?」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
隣の席で二人の会話を聞きながら、麻季子は痛快な気分で思わず笑いそうになった。さすがに泉はだてに長く仕事をやっているわけではなかった。名前が「アユミ」とは、泉と近い名前だ。やはり自分の名前とそれほど違う名前は使わないものなのかと思った。
「お金の返済計画は? いつ返してくれるか、利息についてはどうするか。そのあたりをちゃんとしてくれないと」
「アユミさん、待ってよ。そういうことはさ、友だちが全部やってるはずだから」
「友だちと一緒にやる会社なんでしょ? どっちが社長なの?」
「あー、ええとそれは多分、ヤツが社長になると思うけど」
「多分? 思うけど? ねえ、少なくとも一緒に会社を興すとか言ってるんでしょ? それなのに、あなたは何も分かってないの? おかしいじゃない」
「ね~え。アユミさん、どうしたの? ぼくの夢に共感してくれてたじゃない。夢の実現を助けてくれるって」
「でも、事業をやるには確かなビジョンがないと。それにそのお友だちが来ないんじゃ話にならないわ」
「なんで? ぼくのことが信じられないの? 二人の仲じゃない」
「それだけでお金を出すわけにはいかないわ」
「だから、そういう詳しいことは今度全部ヤツに説明させるから。とにかく、100万円。頼むよ。絶対に返すから」