二人目不妊
麻季子はバッグからレジャーシートを出して芝生の上に広げて、先に腰を下ろした。「美枝さんもどうぞ。ラクにしましょ。あ、どうぞこれ。ヒザにかけたらスカートでも大丈夫ですよ」
ウールのひざ掛けを手渡すと美枝も海のほうを向いてシートに座った。次に麻季子はレジャーポットから熱い紅茶をカップに注いで美枝にすすめた。美枝は目を見張りながら受け取った。麻季子の用意周到さに面食らっているようだった。
「すみません。私は何も持ってきていなくて」
「あ、気にしないでください。私の性分なんです。だからいつも大きなバッグを持ってるの」
「なんだかまるで“メアリー・ポピンズのじゅうたんのバッグ”みたい」
「あら? 美枝さんもご存知? そうなの。私、あのバッグが欲しいって子どもの頃から思ってたんですよ~。フフ」
しばらく紅茶を飲みながら海をふたりで見ていたが、呼び出したのは自分だからと麻季子から話を始めた。
「私ね、子どもはひとりいるけど、“二人目不妊”だったんですよ」
赤ちゃんは授かりもの |
「えっ?」
と、美枝が振り向いて麻季子の顔を見た。いきなり何の話を始めたのだろうかという顔をしている。
「最初の子を産んで2年くらいしてから、そろそろ次の子をと思ったのだけど出来なかったのね。そのうち出来るだろうと思っていたけど…」
「不妊治療はなさらなかったの?」
「少し通っただけで、引越しもあったりでやめちゃったの。主人がそこまでする必要はないって、授かりものだからって言ってくれたせいもあるけど。でも“二人目不妊”って言うんだって知って、けっこうそういう人は多いって聞いたのね」
「お子さんは女の子?」
「男の子。もう10歳になったわ」
「そうですか。でも、男の子なら……」
「美枝さん。そこなの。私が気づいたのは」
「え?」
「美枝さんのところは女の子が5歳でひとりだけでしょ。それにおうちがけっこううるさいようなことを絵里さんが言ってたから。もしかして、二人目の子どもを産むように、しかも男の子をってプレッシャーがあるんじゃない?」
美枝が小さく「あっ」と言って麻季子を見た。
「それで絵里さんのところが気になったんじゃないかな。彼女はああいう性格だから、もしかしたらあなたにキツイことを言ったんじゃないかしら。人は悪くないんだけど、思ったことをズバッと口にするから、知らずに他人を傷つけているかもしれない。私も先日、『もう一人がんばれば』って笑いながら気軽に言われたの。がんばればなんとかなるものでもないのに」
美枝が海のほうに顔を向けて、しばらく沈黙が続いた。
男の子をと |
と、考えながら何かを話そうとしていたので、ここは美枝に話させたほうがいいと思い、麻季子は黙っていた。
「姑は、古い家に嫁いで主人を産んでから、夫が、つまり私の主人の父親が事故ですぐに亡くなって以来、家を切り盛りしてきたの。だから家というものに対する思い入れが強いのね。私が娘を産んだとき、産後で体調がよくなかったときから、『次は男の子を』って言ってた。娘が1歳になる頃からは、とにかく早く次の子をって顔を合わせるたびに…」
「ええ…」
「しかも『絶対に男の子を』って。でも、男か女か決める因子は男性側にあるのに」
「そうなのよねぇ」
「でも、そんなこと説明してもどうにもならなくて。もう、矢のような催促っていうのかしら。勝手に不妊治療の病院の予約までして」
「えー? そんなことまで」
「そう。しかたないから行ったわ。幸い、妊娠しにくいけれども決定的な原因はないから、がんばれば出来るって言われて。でも、主人のほうは病院には行かせないの。ひとりは出来たんだから、息子に問題はないって」