防犯/防犯小説

夫の知らない昼間の主婦。彼女の身に何が起きたか? 人妻が落ちた真昼の奈落?第1回(2ページ目)

「勝ち犬」の日々を送っているはずの人妻・奈美恵。夫は単身赴任で不在。パートの仕事と家事に精を出していたが、ある日、ふと魔が差して…。

佐伯 幸子

執筆者:佐伯 幸子

防犯ガイド

あるいは兎と亀

口紅で女のグレードがわかる?
口紅で女のグレードがわかる?
高級な化粧品を使い、エステにも通ってつやつやとした美貌を保つ彼女たちと比べて、自分の生活感のにじみ出た姿がくすんで思えた。
「健康的でいいじゃない。幸福を絵に描いたような人妻って感じ。いいダンナ様と子どもたちに囲まれて幸せねぇ」
と、言われても、その言葉の裏には何か皮肉かイヤミがあるように感じてしまう。
「そうよ。とっても幸せ。子どもたちは私の生き甲斐。夫との老後を楽しく過ごしたいと思っているの」
そう答える自分に、無理を感じているのは自分だけでないと、友だちの視線を見てまた思う。

だが、生活は毎日のことだ。くよくよ考えてもしかたがない。週に五日、スーパーで元気に働いてそれなりに充実している。主婦としては悪くない、ごく普通の生き方だと満足もしている。時給900円で、月に7~8万円の収入もバカにできない。十分、家計の足しになっているし、子どものために貯蓄もしている。「継続は力なり」とつくづく思っているのだ。何もしないでいれば、お金は入ってこない。わずかな時給でも、毎日続けているからこそ、気がつけば数十万円という大きな金額になる。

「兎と亀」のようなものだ。自分は亀でいいと思っている。すでに「勝ち犬」なのだし、まだ勝負はついていない。結局最後に、真に勝てればいいのだ。奈美恵も結婚前に2年ほど会社勤めをしていたが、35歳を過ぎてからは事務職で求人を見つけることは不可能に近い。社員割引で買い物ができるだけでもメリットがあるので、スーパーのパートでも仕事があるだけマシだった。だが、三十代も半ばを過ぎて、少々の焦りを感じてきたことも否定できなかった。(私の人生は先が見えている。このまま年を取って行くだけなの?)まだ三十代なのに…。

道 草

ある金曜日、パートの仕事を終えて、久しぶりに帰ってくる夫の好きな料理を作ろうと買い物をしていた。突然、携帯電話にメールが入ったのでチェックしてみると夫からだった。「緊急のトラブルがあった。本社の打ち合わせを終えてから、すぐに支社に戻る。申し訳ない。子どもたちによろしく」あっさりとした文面に、思わず大きなため息をついた。半月ぶりに帰宅するはずだったのに、本社には顔を出しても自宅には帰らないとは…。

夫のために選んだ食材をほとんど元の売場に戻して、子どもたちの好きなメニューに替えることにした。買い物を済ませても、気が晴れなかった。何かイライラしていた。期待を裏切られると不愉快になるものだ。誰に訴えることもできないまま、すぐに家に帰る気にもなれなかった。少し足をのばして、新しくできた駅ビルに向かった。(お茶の一杯くらい、ぜいたくしてもいいわよね。道草ぐらいしたって)スーパーの買い物を下げながら、明るいショップを見て回った。

新しい洋服も欲しいし、いいバッグも欲しい。化粧品だって、高いもののほうがいいに決まっている。化粧品店では、評判のアンチエイジング化粧品を手に取ってみた。一万円以上もする。値段を見て、首を振って元の場所に戻した。一万円を稼ぐのに、11~12時間は働かないとならない。(子どもがちゃんと私立中学に入るまでは…)ぜいたくはできないと自分に言い聞かせた。それでも、ブラブラと店内を見て回った。

新色の口紅がタレントのポスターの周囲にたくさん並んでいた。(どうせああいう色は若い子のものよね)そうは思ってもやはり手に取ってみた。

「お客様、口紅をお探しですか?」
「あぁ、いえ。まぁね。でも、こういうのは若い方向きでしょう?」
「いいえ~。お好きな色に年齢は関係ありませんよ。こちらのお色なんかは四十代の方でもお求めになってますから。お試しになってみます?」




→魔が差す!/長い一瞬
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