防犯/防犯小説

夫の知らない昼間の主婦。彼女の身に何が起きたか? 人妻が落ちた真昼の奈落?第1回

「勝ち犬」の日々を送っているはずの人妻・奈美恵。夫は単身赴任で不在。パートの仕事と家事に精を出していたが、ある日、ふと魔が差して…。

佐伯 幸子

執筆者:佐伯 幸子

防犯ガイド

※この連載記事は、実際に起きた事件をベースに構成してあります。【全4回】

※奈落~(仏)地獄。どん底。行きつく果て。奈落の底~抜け出すことのできない困難な立場や身の上。底の知れないほど深い場所。

“勝ち犬”の日々

平凡で平和な“勝ち犬”の日々
平凡で平和な“勝ち犬”の日々
36歳の主婦・奈美恵は、半年前からパートの仕事を始めていた。自転車で隣町まで通う。大きなスーパーの販売員だ。子どもは小学1年生の男の子と、4年生の女の子がいる。下の子が小学校に通い出したことで気分的に一段落したのと、上の子をどうしても私立の中学校に行かせたいので、少しでもお金が欲しかった。昨年から、夫は単身赴任で地方に行っている。

夫の住まいは社宅とはいえ、二重の生活は決して楽ではない。当初はまだ毎週戻っていたが、最近は月に二度、忙しいときは一度しか帰らなくなっている。会社が交通費を全額出してくれるわけではないのだ。たまに社用で本社に戻ることもあるようだが、自宅に顔を出すヒマもないらしく、電話一本寄越すだけで赴任先に帰ってしまうこともある。

最近はひとり暮らしが快適なようで、家事も苦痛ではないという。あるいは、(女がいるのかしら?)と疑ったこともあるが、経済的な余裕があるわけでもないので、あり得ないと思っている。夫はそういうタイプではないと信じているのだ。最初の頃は、夫と子どもたちはメールでやりとりをしていたものだが、毎日そうそう目新しいことが起きるわけでもない。

近頃はすっかりおざなりの報告を週に一度程度するだけになっている。子どもたちからしても、いつの間にか父親はいないことが当たり前のような感覚になっていた。それでも、月に一度帰ってきたときには家族揃って食卓を囲み、夫婦水入らずで夜を過ごす。家族四人、とくに何ごともなく、仲もいいごく当たり前の暮らしをしていた。

“オバサン”と“負け犬”

特別、娘を私立に行かせることに強硬なわけではなかったが、地元の公立中学の荒れようがすさまじかった。変に感化されてもいけないと思い、本人の希望もあって、私立中学への進学を目指している。塾だけでなく、進学準備には当然、金がかかる。自宅のマンションを4年前にローンで購入していた。収入も悪くはなかったのだが、景気にそれほど左右されない業種とはいえ、夫が単身赴任となり家計も苦しくなった。

奈美恵は、子どものため、生活のために働くことも当然と思い、スーパーでの仕事も積極的に楽しんでやっていた。夫のいない生活も、ときにもやもやとしたものに身を持て余すこともあったが、それにも慣れてきた。子どもがふたりもいる結婚11年目の主婦としては、男女のことに関心を持つこともない。というより、考えないようにしてきた。考えたところでどうにもならないからだ。月に1~2度の夫婦の時間を持つだけで、不満に思うこともない。

子どもの友だちに、「オバサン」「~ちゃんのお母さん」と呼ばれることにももう慣れた。結婚して、子どもがいて、という世間でいうところの「勝ち犬」なのだから、誰に文句を言うことでもない。だが、未婚で仕事に打ち込んでいる大学時代の友人を見ると、「負け犬」と言っても、どちらが勝って、どちらが負けたのかわからなくなる。仕立てのいい服を着て、趣味のいい装身具を身につけて、仕事に自信を持っている姿を見ると、とても「オバサン」とは呼べない。こちらこそ、何か取り残された気がするのだ。



→あるいは兎と亀/道 草
→→魔が差す!/長い一瞬
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