妻の覚悟
「名刺を渡したって、どうってことないと思ったんだ」
「エリートサラリーマンだってことを自慢したかったんじゃないの? でも、こんな事件に巻き込まれているようじゃエリートも何もないわよね」
「うー、何も言えない…」
「あと、その女はホテルの部屋に入ってからやけに関係を持つことを急いでいたんでしょ? それだって、関係を成立させて、既成事実を作ろうということよね。それにそんなホイホイと乗せられて…」
「むぅ。いや、本当に恥ずかしい。自分が情けないよ」
「ハッキリ言って、私、その点はものすごく怒っているわよ」
「うん。そりゃそうだよな…」
「不潔よ。しばらくはあなたに触れたくもない。でも、あなたが男だってことをあらためて思い出したわ」
「……」
「その点は私にもいけないところがあったのかもしれない。私自身も反省するべきなのかも」
「いや、君は悪くない。悪いのは僕だよ」
「そうよ! あなたが悪い。でも、もっと悪いのはヤツらよ。“美人局(つつもたせ)”そのものじゃない。それは恐喝でしょ? 私はそれが許せない。犯罪は許しちゃいけない。ましてや、私の夫が被害者だなんて。今、怒るべきはその点よ。これは絶対に泣き寝入りはするべきじゃないと思うの」
「だけど、証拠は何にもないんだよ」
「その女の携帯番号があるじゃない。仮にもう使えなくなってしまっているとしても、その番号を使っていたわけだし。それに、そんなことをするような人たちはきっと他でもやっているに違いないわ。絶対に余罪があるはずよ。覚えている限りの情報を警察に伝えましょうよ。その人たちの人相とか身長とか、特徴は覚えているでしょう?」
「ああ…」
「もしかしたら彼らが会社にでも来るかも知れない。でもその時に通報するのじゃ遅いし。とにかく警察に届け出ておいたほうが話が通じやすいでしょ。大丈夫よ。とにかく絶対に犯罪に屈してはいけないと思うの」
「ゴメン。いや、ゴメンじゃ済まないけど。申し訳ない」
「わからないけど、会社にまで来られたらアウトでしょう? 仮にその場で捕まえたとしても、そんな事件が起きたら会社でのあなたの地位も危ないかも。左遷かヘタすればクビなんてことになったら…」
→夫婦の決断