キャッシュカード
やっと、そう言葉にした。立っているのがつらかった。
「そんな情けなさそうな顔をするなよ、タケダさんよ。あんたの誠意を見せてくれればいいんだからさ。あんたがこの先、失うかも知れない将来と慰謝料を考えたらいいんじゃないの? まぁ、あんたが今、出せるだけ出してよ。誠意をさ」
ナカニシはあくまでも“金”“金額”といった言葉は使わない。しかし、直接その言葉を言わないでも、それ以外に考えられない内容である。
「わかった。しかし、今、手元にある現金はあと数万しかない。それじゃ納得しないだろ」
「いや、だからあんたの誠意だよ」
「あとは、銀行かATMにでも行かないと出せない」
「おー、結構じゃないか。何もあんたが行くことはない。オレのダチに行かせるよ」
K介は、銀行残高が印字された明細書を財布に入れたままだったことを思い出した。給料日直後だから、引き出しが出来る金額は数十万円あるはずだ。
「いやそれは…」
「気にすんなよ。それくらいの手間は惜しまないよ。ダチは脚が早いしな。すぐだよ。ATMも近くにあるし。じゃ、貸して」
と、手を差し出してきた。K介は、のろのろと椅子の背に乗せたままの背広に近づくと、財布を取りだした。銀行のキャッシュカードを抜き出すと、ジッと見つめた。
「ほらほら。待ってるよ。番号は?」
「え?」
「暗証番号」
たしかに、それがなければ金は引き出せない。しかし、それを言ったら全額引き出されてしまう。
「迷ってないで。しょうがないでしょ? もうここまで来たら。それとも破滅の道を選ぶ? どっちでもいいよ」
(破滅か…。確かに。しかし、それで済むのか? 会社も名前も知られてしまっているし。一度だけでなく何度もやって来たらどうしよう? だが、この場をとにかくなんとかしないと)
「07××」
「へぇ。覚えやすいね。もしかして誕生日?」
「……」
図星だった。
「それってさ、気をつけたほうがいいよ。カードと免許証と一緒に盗まれたら終わりだぜ。へへ」
(これは盗みじゃないって言いたいのか?)
K介の気持ちを読み透かしたように、ナカニシは笑った。
「おっと、これはタケダさんの誠意だからな。オレたちが盗む訳じゃない。あんたの代わりに引き出してきてあげますってことだから。おい、これでATMに行ってきてくれ。番号は今、聞いたろ? 急いでな」
ナカニシはK介の前に手を突き出してカードを受け取ると、もう一人の男に手渡した。
「さて、と」
と明るい口調で、K介に向き直った。
→夜明けの苦悩