夫の不満
K介は(仕事のできる男は女にも強い)という考えを持っている。妻が応じないなら、いや妻に求められないのなら他に求めるしかないだろう。といって、特定の女性を作ることは危険が伴う。また、風俗などの商売女は趣味ではない。左手薬指の結婚指輪がときにうらめしくなった。3年間も女性は妻一人だけで過ごしてきたことが、今さらながら不思議に思えた。
結婚前は自由に遊び回っていた。学生時代からガールフレンドのいなかった時期はなかった。特定の彼女がいても、別の女性に手を出すこともよくあったし、相手になる女性に不足したことはなかったのだ。見た目が感じよくやさしいK介は、女性に断られることは滅多にない。だが、重い関係になりそうになると、冷たくして逃げた。うっとうしいことは嫌いなのだ。
ある夜、同僚と酒を飲んで別れて一人で夜の街を歩いてた。幾多のカップルが楽しげに行き交うのが目に入り、訳もなくイライラした。最後に妻と関係を持った日がいつだったか覚えていないことに気がついて、思わずため息をついた。こんな日は妻を求めてみたい。だが、妻は出張で昨日から地方に行っている。新しいプロジェクトの準責任者になっているので、しばらくは仕事から手が抜けないと申し訳なさそうに、だが楽しそうに言っていたのを思い出す。
仕事のできる妻は頼もしいし、尊敬もしている。家事もK介の負担はごく軽く、手際よく家の中もこざっぱりとしているので、まったく不満はない。だが、K介の中の男の部分がマグマのように熱を持っていた。ただ、何も考えずに爆発したい。何もかも忘れて、女を求めたい…。そんな気持ちで繁華街を駅へと向かっていると、ふと派手なネオンが目に付いた。テレクラだった。
かつて、テレクラが全盛だった頃に、K介もさんざん遊んだことがあった。男の友人たちが、なかなか女性と関係に持ち込めず金ばかりかかると愚痴るのを内心で笑いながら、自分の成果は実際の半分も伝えなかった。それでも、「いいなぁ、おまえ。どうしたら女と会えるんだよ」と、コツを聞かれたものである。
あの頃出会った女性たちの顔もよく覚えていない。若さにまかせて遊びまくったのだ。後腐れのない、その場限りの関係。しかも相手はシロウトの女性ばかりだった。(そうか。テレクラがまだあったんだ)店の前で迷っていて誰かに目撃されても困る。K介は、ごく自然に雑居ビルの2階にあるテレクラに入って行った。
→寄り道