今回は、実際のエピソードを通じて、趣味選びにおいて見落とされがちな「自分軸」の重要性を考えてみましょう。老後の時間を心から楽しむために、自分にとって本当に心地よい選択とは何かを見つめ直すヒントになるはずです。
ケース1:環境選びを間違えたA子さんの場合(大正琴)
「老後は音楽を嗜む優雅な生活を」と、自治体の生涯学習クラスで大正琴を始めたA子さん。月会費は1000円と格安。「これなら無理なく続けられる」と、まずは形から入るべく、教室へ通う前に先走って自分専用の楽器を購入しました。ところが、いざ参加してみると現場は長年続けているベテラン勢が和気あいあいと合奏を楽しむ場。初心者に手取り足取り教えるような雰囲気はなく、講師も「そこそこ弾ける人たち」を対象に指導を進めていきます。
本当は「一から丁寧に習いたい」タイプだったA子さんですが、いざ個別指導の教室を探してみると、当然ながら自治体の会費とは桁違いの月謝がかかることが判明。「そこまでお金を払って習うのは……」と躊躇(ちゅうちょ)し、かといって独学でマスターするほどの情熱も根気もありませんでした。
結局、A子さんが求めていたのは音楽そのものよりも「安く手軽に仲間を作れる場」だったのかもしれません。目的と手段が噛み合わないまま、勢いで買った大正琴は、今やケースに入ったまま部屋の隅でホコリをかぶっています。
ケース2:自分の「本当の性質」を見誤ったB子さんの場合(バラ園芸)
春の園芸店で咲き誇るバラに魅了されたB子さん。最初は「初心者だから」と500円の苗を1つだけ買い、慎重にスタートしました。ところが、植え替えを終えると一鉢ではどうにも物足りなさを感じるようになり、そこから頻繁な「園芸店通い」が始まります。店に足を運ぶたびに新しい苗を買い足し、ベテラン客の「うちは30鉢」という言葉に背中を押され、気づけば1鉢3000円のブランド苗を含め10鉢にまで膨れ上がりました。勢いに任せて高価な肥料や専用道具一式も買いそろえます。その10鉢すべてを見事に咲かせたB子さんは、持ち前の「舞い上がりやすさ」で、「私には園芸の才能がある!」と確信。
やがて冬になり、バラは「休眠モード」に入ります。B子さんは教えられた通り、10鉢を丁寧に納屋へと格納しました。ここまでは完璧だったのです。
しかし、バラの世話がなくなった「冬の暇」を埋めるために始めた「フラダンス」が、彼女の運命を変えます。身体を動かす楽しさに目覚めたB子さんは、「家でじっとしているより、外に出て活動するのが大好き」なアクティブ派だったことに気づいたのです。家でもストレッチに励み、フラダンスの仲間と近くの神社や公園などへハイキングに行く計画も立て始めます。
そして春。本来なら納屋からバラを出し、芽吹きのための手入れを始めるべき時期ですが、B子さんの興味はすでに完全に外へと向いていました。ハイキングやフラダンスで充実した日々を送る彼女にとって、地道な手入れを求めるバラは、もはや「重荷」でしかありません。
納屋に格納されたまま放置された10鉢のバラは、春の光を浴びることなく無残な姿に。勢いで浪費したお金を振り返り、B子さんは自分の「軽さ」と、1つのことに固執して周りが見えなくなっていた「視野の狭さ」を、痛烈に後悔することになったのです。
老後の「暇」を一生の「楽しみ」に変えるために
趣味を始めるときに大切なのは、いくらお金をかけるかではなく、「自分にとって心地よい時間とは何か」を丁寧に見極めることです。せっかくの自由時間を楽しみに変えるには、自分の性質や価値観をしっかり把握しておくことがカギになります。例えば、自分は独学でコツコツ学ぶのが好きなのか、それとも誰かに教わりながらステップアップしていくのが向いているのか。始める前に体験や見学を通じて、自分に合った学び方を探るだけでも、無駄な出費や後悔を減らすことができます。
また、「外で人と関わることが好きか」「自宅で静かに取り組むことが好きか」といった、活動スタイルの相性も大切なポイントです。自分の根っこの性質に合った趣味は、暮らしの中に自然と溶け込み、長く続けやすくなります。
老後の「暇」は、見方を変えれば「自由に使える宝物の時間」です。その時間を無理なく、自分らしく楽しむためにこそ、「自分軸」を意識した選び方が欠かせないと言えるでしょう。








