Q. 「鼻をほじるとアルツハイマー病になる」って本当ですか?
鼻をほじるとアルツハイマー病になりやすくなる? その真偽は……
もし日常のちょっとした癖が、認知症リスクを上げてしまうとしたら……。ネット上で話題の説は嘘か本当か、わかりやすく解説します。
Q. 「インターネットで鼻をほじる癖があるとアルツハイマーになるという話が話題になっていました。否定する声もあるようですが、そんなことで認知症リスクが上がるとしたらとても心配です。そんな可能性はあるのでしょうか?」
A. 鼻をほじって細菌などに感染すると、発症リスクが高まる可能性があります
多くの方がご存じのように、アルツハイマー病は、認知症を引き起こす原因疾患の一つです。脳に「アミロイドβ」と呼ばれるタンパク質が蓄積することで発症すると考えられています。「鼻をほじるとアルツハイマー病になる」という説は、2022年2月にオーストラリアのグリフィス大学の研究チームが発表した研究論文から派生して広がったもの思われます。その論文(Scientific Reports 12(1): 2759, 2022)の内容を要約すると、普通のマウス(ネズミの一種)の鼻腔内に肺炎クラミジアという細菌の一種を入れると、脳の各所にその菌が侵入している病理像が観察されるとともに、アミロイドβの沈着が認められたということです。
ただし、早合点してはいけません。マウスの鼻腔内に同菌を入れると数週間から数か月後に脳内に感染が起こることは以前から報告されていましたので、それが再確認されたのは間違いありませんが、アミロイドβ沈着が見られたからといってアルツハイマー病になったわけではありません。
そもそも、実験動物として汎用されるネズミなどのげっ歯類動物は、私たち人間と同じように体内でアミロイドβを作り出しますが、げっ歯類のアミロイドβは、ヒトのとは少しだけアミノ酸配列が違っており、神経毒性を示すことがなく、そのためかげっ歯類はどんなに老化しても決してアルツハイマー病にはなりません。上で解説した論文の実験では、普通のマウスの脳内に、本来マウスがもちあわせているアミロイドβが沈着しているが見つかっただけで、記憶障害が起きたといった病状が認められたわけではありません。
私たち人間においては、アミロイドβがアルツハイマー病を引き起こす原因物質と考えられるため、アミロイドβは「悪者」扱いされていますが、よく考えてみるとそんな悪いものを人間もネズミもわざわざ作り出しているというのはどうも変ですね。最近は、アミロイドβは、本来私たちが生きていくために役立つ役割を果たしているのではないかとも考えられるようになってきました。たとえば、脳内に侵入してきた細菌などの病原体に対してアミロイドβが沈着すると、病原体が排除され、脳が守られるのではないかとも考えられています。
上の実験で、鼻腔からの細菌感染によって脳内アミロイドβの沈着が生じたというのは、免疫システムが外来の病原体と戦おうとしている様子を観察したにすぎないかもしれません。したがって、この知見だけから、「鼻をほじるとアルツハイマー病になる」と解釈するのは、正しくないと思います。
しかし、だからといって、鼻をほじっても平気というわけでもありません。最近の研究から、細菌やウイルスに感染して免疫異常をきたすと、それがきっかけでアルツハイマー病の発症リスクが高まることが分かってきました。新型コロナウイルスに感染した方が後遺症として認知障害になってしまった事例もありますので、感染症と認知症は決して無縁ではありません。
鼻をほじったり、鼻毛を頻繁に抜いたりしていると、鼻の粘膜が傷つき、細菌やウイルスに感染しやすくなります。みなさんも、新型コロナやインフルエンザの予防策として、手洗いやアルコール消毒を励行することで効果があることは実体験済みだと思います。そもそも手指を清潔に保つのは、手の皮膚から細菌やウイルスが体内に侵入しないようにしているわけではありません。汚れた手指で鼻や目をこすると、粘膜から体内に細菌やウイルスが侵入してしまうのを防ぐためですね。手などの皮膚は分厚く頑丈にできているので、細菌やウイルスが通り抜けることはできませんが、鼻腔内などの粘膜は非常に薄く、また傷つきやすいので、簡単に病原体が侵入しやすいのです。
鼻をほじっただけですぐにアルツハイマー病になるわけではありませんが、「手指はできるだけ清潔に保ち不用意に鼻や目をさわらない」ことは大切です。感染症予防だけでなく、認知症予防にもつながると考え、気をつけた方がよいでしょう。
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