認知症

「降圧剤で認知症になる」は本当か?血圧を下げる薬の副作用の真偽

【大学教授・認知症専門家が解説】「血圧を下げる薬で認知症になる」「降圧剤の副作用で認知症リスクが上がる」といった話があるようですが、本当でしょうか? 認知症予防のために血圧を下げる薬は飲まなかった場合、逆に認知症リスクを上げる恐れがあります。一方で、血圧の下げ過ぎも危険です。わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

降圧剤の副作用で認知症リスクは上がるのか? 

降圧剤の副作用で認知症リスクは上がるのか

「高血圧だけど、認知症になるのが心配だから薬は飲みたくない」 この考え方は誤りです

「血圧を下げる薬を飲んでいると認知症になる」という説があり、一部では「医者は降圧剤を患者に出すが、自分では絶対に飲まない」「薬を売りたい製薬メーカーの陰謀だ」といった話まであるようです。「降圧剤が認知症リスクを上げる」という話は、果たして本当なのでしょうか。
 
結論から申し上げると、これは誤った解釈です。まず「血圧を下げる薬である降圧剤を飲んだ方がいいのか? 飲まない方がいいのか?」という議論自体がナンセンスだと私は思います。薬というのは、体に入るとどこかに作用して、体の働きに変化をもたらすものです。その変化が有益か不利益になるかは、条件次第であって、どちらかに決めつけるのは間違っているからです。
 
血圧を下げる薬と認知症の関係については、若齢者と高齢者でも考え方が異なりますし、発症前の予防のためなのか、認知症を発症した後の体調のコントロールのために使うのかによっても違います。具体的にどのように考えればいいのか、少し複雑ですが、順を追ってわかりやすく解説します。
 

高血圧の放置は危険! 自覚症状がないまま、命を落とす合併症も

まず、降圧剤を処方されるということは、薬で対処する必要があるレベルの高血圧であるということです。「認知症になりたくないから、血圧を下げる薬は飲まない」という考え方は危険です。

みなさんも健康診断などで血圧を測る機会があると思います。血圧の測定値には、最高値と最低値がありますが、最高値の方は正式には「収縮期圧」と言って、血液を全身に送り届けるポンプの役割を果たす心臓がギュッと収縮した瞬間(もっとも強く血液を送り出した瞬間)に血管壁にかかる圧力を反映しています。一方の最低値の方は正式には「拡張期圧」と言って、心臓の筋肉がもっとも緩んで血液を送り出していない瞬間の血圧になります。そして、一般に、収縮期圧が140 mmHg以上または拡張期圧が90 mmHg以上ならば、「高血圧症」と診断されます。
 
高血圧症の症状としては、頭痛、目まい、耳鳴り、不眠、疲れやすい、肩こりなどが現れることもありますが、まったく自覚症状がない人が圧倒的に多いです。また、すぐに命に関わるわけではないので軽視されがちですが、放っておくと怖い合併症をもたらします。
 
血圧が高いということは、それだけポンプとしての心臓ががんばって働き続けているということですから、心臓に負担がかかり続けることで、狭心症や心不全などに発展する可能性があります。また、高い圧力が血管壁にかかっているわけですから、血管がとつぜん破裂して、脳内出血やくも膜下出血が生じる危険性があります。さらに、高い圧力で押され続けると血管壁がダメージを受け、それを修復する過程で「動脈硬化」が起こり、心筋梗塞や脳梗塞に発展します。血管の障害は、体の他の部分にも多大なる影響を与え、腎不全などを引き起こすこともあります。

こうした致命的な合併症を引き起こさないためには、血圧が高めであると判明した時点で、適切な対応をして、血圧を正常範囲に保つよう努めることが大切です。
 

血圧を下げることで予防できる脳血管性認知症

認知症予防という観点で見ると、高血圧症の改善は、脳血管性認知症の予防にもなります。

高血圧を指摘された場合、まずやるべきことは、
  • 食塩制限(減塩)
  • ストレスを避けて規則正しい生活
  • 体重のコントロール(暴飲暴食、肥満の解消)
  • 適度な運動(有酸素運動を毎日30分以上)
  • 禁煙
  • 節酒
などの生活習慣の修正を試みることです。
 
しかし、これらの生活療法だけでは不十分な場合は、薬の力を借りることになります。高血圧症の治療は非常に進歩していて、たくさんの薬が利用できます。それぞれに特徴があり、自分に合った薬を選択することができます。降圧剤を使うことで致命的な合併症を防ぐことは、大きなメリットがあると言えます。特に、高血圧が続き、それが脳内出血や脳梗塞を引き起こしてしまうと、脳の神経細胞が傷害され、脳血管性認知症になることがあります。若齢のうちは、「認知症なんてまだ関係ない」と思う人も多いかもしれませんが、血圧が高い人は、将来自分が認知症を含めた様々な合併症で苦しむことがないように薬を毎日飲み、血圧を正常範囲にコントロールし続けることをお勧めします。
 

注意すべきは降圧剤の「効きすぎ」……高齢者は血圧を下げ過ぎないことも大切

ただし、血圧を下げるとは言っても、下げ過ぎるのは良くありません。
 
血圧と血流の関係は、水道にたとえると分かりやすいです。想像してみてください。水道の蛇口をひねった時に、勢いよく水が出てくるのは、十分な水圧があるからですね。もし、水道のポンプが故障して水道管内の水圧が下がってしまうと、蛇口をひねっても水は流れ出てきません。これと同じように、血圧が下がりすぎると、血流が低下し、全身に血液が行き届かなくなってしまいます。低血圧だと、めまいやふらつきが起こるのは、脳に血が回らなくなるからですね。
 
私たち人間の脳の重量は、体重のわずか2%にすぎませんが、その酸素消費量は体全体の25%にも及びます。つまり、脳の神経細胞は、活動を維持するために、たくさんの酸素を必要としているのです。そして、そのためには、常に脳の中を血液が滞りなく循環していなければなりません。血圧が下がりすぎて、血が回らなくなると、脳の神経細胞は酸欠でダメージを受けて、それが原因で認知症になってしまうことも考えられます。
 
特に高齢者の場合は、注意が必要です。健康な方でも、年をとると、血液循環はどうしても悪くなります。そして、それを解消しようとして高血圧になっている場合が多いのです。そのような場合に、血圧を下げる薬が強く効きすぎて、脳の血流が低下してしまったのでは、認知症予防どころか、かえって認知症を発症するリスクの方が大きくなってしまいます。この部分の情報のみが独り歩きした結果、「降圧剤で認知症になる」という説が広まってしまったのではないでしょうか。

薬で血圧を下げるとしても、血圧が少し高めのレベルで保たれるくらいに、薬の種類や用量を選ぶのが適切です。具体的には、80歳以上では、血圧が130/65 mmHgを下回らないようにするのが良いとされています。
 
すでに、認知症を発症している患者さんの場合も同じです。すでに神経細胞がダメージを受けていますので、血圧を下げる必要があったとしても、脳の血流が保たれる程度にとどめるのが適切です。また、血圧を下げる薬の中には、脳の血管を広げる作用をあわせもっているものがあり、「血流が良くなることで脳の働きが良くなる」というメリットが考えられますので、そうした薬を選択するのがふさわしいでしょう。
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