認知症

アルツハイマー病を発症するのは人間だけ?動物に認知症はないのか

【認知症研究者が解説】認知症になるのは、人間だけでしょうか? 他の動物も年とともに脳が衰えるため、イヌやネコにも「ボケた」行動が見られることがあります。しかしアルツハイマー病になるのは人間だけです。人間と動物の違いの研究が進めば、人間だけがなる認知症の謎が解明できるはずです。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

認知症になるのは人間だけの宿命か

犬・猫にはないアルツハイマー型認知症

イヌもネコも老化すれば脳が衰えますが、アルツハイマー病になるのは人間だけです

ある自治体主催の講演会で認知症に関するお話をしたとき、参加してくださった方から、こんな質問を受けました。

「認知症になるのは、人間だけですか?」

少子高齢化が進行する我が国では、認知症の高齢者数が年々増え続けており、大きな社会問題となっています。私たち人間は、この地球上で最も進化した脳を手に入れたと言われており、それと引きかえに、脳の知的レベルが低下した「認知症」に苦しめられているのではないかと、質問された方は考えられたようです。なるほど、鋭い意見ですね。

認知症とは何かを深く理解する題材として、今回は、この質問に対する答えを一緒に考えてみましょう。
 

アルツハイマー病になるのは人間だけ…近いチンパンジーにも事例なし

人間だけが創造的になれたのはなぜか?脳で紐解く動物との違い」でも解説しましたが、そもそも人間とそれ以外の動物では、脳のつくりと働きが違いますから、どういう状態になったら認知症に相当するのかを判断するのは困難でしょう。

しかし、人間以外の動物も、年老いると脳が衰えます。ペットを飼ったことのある方ならよくご存知でしょうが、イヌやネコも老化により「ボケる」ことがあります。老化することは、生き物としての宿命ですから、人間以外の動物も長生きすれば脳が衰えるのは当然かもしれません。

ただし、認知症の原因となる病気としてもっともよく知られている「アルツハイマー病」に限ると、発病するのは人間だけです。進化的に人間にもっとも近いと言われるチンパンジーでも、アルツハイマー病になった例は見つかっていません。

アルツハイマー病では、他の病気では見られない特徴的な病変が脳に出現します。一つは、老廃物が固まってシミのようになった構造物で、「老人斑」といいます。もう一つは、神経細胞の内部に糸くずのような異常物質が溜まった状態で、「神経原線維変化」といいます。老人斑の主な成分は、アミロイドβタンパク(Aβ)という物質で、アミロイドβタンパクが脳で作られ、だんだん溜まっていくと、老人斑ができ、次いで神経原線維変化が起きると考えられています。この2つの病変は、アルツハイマー病であると確定診断するために必須の病理所見ですから、認知症が現れていても、脳にこれらの病変が起きていなければ、厳密にはアルツハイマー病と言えません。

実は、サルやイヌの脳では、人間と同じアミロイドβタンパクが産生され、高齢になると「老人斑」のようなものができることが知られています。しかし、なぜか、神経原線維変化は見つかっていません。

また、最近の研究で、ヒトの老人斑にくっつくことが知られているPiB(アメリカのピッツバーグ大学で開発されたPittsburgh compound-B)という化合物が、高齢サルの脳にあるシミにはくっつかないことが明らかにされました。見かけは似ていても、厳密には、サルとヒトの老人斑は違うようです。
 

アミロイドβタンパクを作っても老人斑ができないネズミ

研究のために実験動物としてよく用いられるマウスやラットなどのげっ歯類(ネズミ)も、年をとると老化し、脳も衰えます。

また、正常よりも老化が早いネズミも発見されています。たとえば、京都大学結核胸部疾患研究所病理学部門(現在の再生医化学研究所再生誘導研究分野)では、 AKR/J系という系統のマウスと未知系統のマウスの交雑によって生まれた中に、異常に早く老化する個体群を偶然見つけ、これらを「老化促進マウス」(Senescence-Accelerated Mouse;SAM)と名づけ、交配を繰り返すことで、特別な系統を確立させました。その中で、SAMP8という系統のマウスは、老化とともに著しい記憶障害を示すため、老年性認知症の研究に用いられています。

その一方で、普通のマウスやラットは、アルツハイマー病を発症しないことも分かっています。

アミロイドβタンパクとは…アルツハイマー病の原因物質と考えられている理由」で解説したように、私たち人間の体内で作られるアミロイドβタンパクはアミノ酸40~43個から成る小さなタンパク質で、構成するアミノ酸の並びも解明されています。

マウスやラットも、Aβの遺伝子を持っており、必要に応じてアミロイドβタンパク作り出しますが、ヒトのアミロイドβタンパクとわずか3つだけアミノ酸配列が違うことが分かっています。それくらい違うだけならその性質はあまり変わらないだろうと思われるかもしれませんが、実際には3つのアミノ酸が違うだけで、その機能に大きな差異があります。

具体的には、ヒトのアミロイドβタンパクは、βシート構造を形成して凝集し「Aβ線維」と呼ばれる構造体を形成して、最終的に老人斑となりますが、アミノ酸が一部異なるネズミのアミロイドβタンパクは凝集して線維化することがないのです。

つまり、ネズミは、サルやイヌのように、アミロイドβタンパクの蓄積によって「老人斑」のようなものができることもなく、いくら年をとってもアルツハイマー病になることはありません。

アルツハイマー病が起こるしくみは、まだ不明な点が多いですが、動物との違いをもっと研究すれば、その謎が解明できると期待されます。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。
※当サイトにおける医師・医療従事者等による情報の提供は、診断・治療行為ではありません。診断・治療を必要とする方は、適切な医療機関での受診をおすすめいたします。記事内容は執筆者個人の見解によるものであり、全ての方への有効性を保証するものではありません。当サイトで提供する情報に基づいて被ったいかなる損害についても、当社、各ガイド、その他当社と契約した情報提供者は一切の責任を負いかねます。
免責事項

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます