アメリカと日本の「解雇」「賃上げ」事情
訴訟大国・アメリカは、レイオフ以外の解雇には慎重
雇用統計(令和3年雇用動向調査結果)で離職理由を確認すると、正社員離職者のうち、会社都合(経営上の都合)で離職した者の割合は3.7%と確かに少ないです。会社都合による離職とは、解雇や退職勧奨等会社からの働きかけにより離職することです。定年で離職した者(9.7%)、個人的な理由(自己都合)で離職した者(75.8%)と比べても、会社都合で離職する者が少ないことが分かります。一方、アメリカは解雇が容易だというのは本当でしょうか? アメリカは期間の定めの無い労働契約においては、建前上は解雇が自由です。レイオフ(一時解雇、景気回復時に再雇用されることもある)と呼ばれ、景気後退期には大量のレイオフが発表され、失業率が大きな社会問題になります。しかしアメリカは訴訟大国でもあるので、レイオフ以外での解雇(能力不足、勤務態度不良、懲戒解雇)には慎重です。
実際、アメリカの2023年7月の失業率(非農業部門、季節調整済み)は3.5%と低い水準を維持しています(アメリカ雇用統計)。一方、この時期の日本の失業率は2.5%(労働力調査、令和5年6月、季節調整済み)でした。景気が安定している時期の失業率は日本と大差ないですね。
アメリカは基本的に解雇が自由で、会社側、社員側双方とも何の制約もなく雇用契約を解約できます(at-will雇用と呼ばれる)。しかし労働組合と特別の取り決めがある場合や、人種差別など不公正な解雇は許されません。解雇による訴訟リスクが大きいので、アメリカもレイオフ以外での解雇には慎重です。
日本で解雇が規制されている背景
日本企業が解雇に慎重になるのは、アメリカとは異なる雇用慣行と「解雇権濫用法理」と呼ばれる独自の解雇規制があるからです。日本企業、特に大企業は終身雇用制と呼ばれる雇用慣行を現在でも維持しています。終身雇用制とは、いったん採用した社員の雇用は、基本的に定年まで維持するという雇用慣行です。終身雇用制は、高度経済成長期(1955~73年)の人手不足を背景に形成されたといわれています。雇用慣行は長年続いていることなので、社員の意識の中にも定着しています。そのため、会社の業績が多少悪化したからといって社員を解雇することは難しいです。定年まで雇用してもらえるという社員の期待や信頼を裏切ることになるからです。
また裁判所も日本の雇用慣行を踏まえて、安易な解雇を認めません。解雇権濫用法理と呼ばれ、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上も相当ではない解雇は認められません。
解雇権濫用法理は、1973年のオイルショック以降の解雇事案に対する裁判所の判断の積み重ねによって形成されたもので、会社には社員を解雇する権利(解雇権)があることを前提に、その権利の行使は慎重に行うべきであるという考え方(裁判規範)です。
この解雇権濫用法理は、現在では労働契約法(16条)の中に取り込まれており、法律上も解雇規制が明文化されています。
そのため「ある日突然身に覚えのない理由で解雇」されるということは、基本的にはあり得ません。
不合理に突然解雇されたらどうする? 対処法の第一歩は「総合労働相談コーナー」
しかし、もし正当な理由もなく解雇を言い渡された場合は、会社と交渉して解雇無効を争うことができます。個人でいきなり訴訟を提起することは難しいので、まずは身近な行政機関に相談するといいでしょう。身近な行政機関は労働基準監督署(労基署)ですが、労基署は明らかな労働基準法違反(解雇予告手当の不払い、労災による休業中の解雇など)でない限り対応してくれません。不当解雇の撤回は民事的な紛争なので、まずは「総合労働相談コーナー」に相談するべきです。総合労働相談コーナーは、全国の都道府県労働局や労働基準監督署の中に設けられています。
不当解雇となると、いきなり弁護士に相談、外部の労働組合(一般労組など)に相談となりがちですが、総合労働相談コーナーで客観的な情報を得た後でも遅くはありません。
「解雇規制があるから賃上げが進まない」は本当か?
雇用規制と賃上げの関係はどうでしょうか。賃上げが進まない原因はいろいろ考えられます。「解雇規制で生産性が低いローパフォーマーや働かないおじさんが温存されるために、全体の賃金が上がらない」ということもあるかもしれませんが、それだけではありません。やりがい搾取という言葉があるように、社員が辞めない会社は、退職防止のために賃上げをするというインセンティブが働かないので、賃金は低水準のままとなりがちです。また利益水準が低い儲からない業界の会社は、賃上げをしたくてもできません。
新たな事業領域に進出せず、旧態依然としたビジネスを続けている会社の社員は、能力やスキルが更新されないので、転職しても賃金が逆にダウンしてしまうことになりかねません。そうなると現在の会社に留まることが正解となります。結局、そういう会社は流動化が起きない会社となり、ますます賃金が上がらないという悪循環に陥ります。
そう考えると、賃金が上がらないのは解雇規制に原因があるのではなく、社員が辞めないから賃金が上がらないという見方もできそうです。