チョコレートは依存性のある成分を含むから危険? 実際はどうなのでしょうか
チョコレートが嫌いという人は少ないでしょう。もれなく筆者自身も好きです。
また、筆者が好きな映画の一つに、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年アメリカ、ティム・バートン監督、原作はロアルド・ダールの児童小説『チョコレート工場の秘密』)があります。筆者の子どもたちも大のお気に入りで、一緒に映画館やDVDでもう何十回と見ましたが、何度見ても飽きません。2023年12月には、『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』も公開され、話題になりました。
さて、この映画中には、ウンパ・ルンパという小人のようなキャラクターが登場します。ルンパランド(もちろん架空の国)のジャングルに暮らす彼らは、カカオ豆が大好きですが、厳しい環境の中でカカオ豆がとれるのは年に3~4個。欲しくて欲しくてたまらず、いつも頭の中はカカオ豆のことばかり。そんな彼らに、チョコレート工場を営むウィリー・ウォンカは、カカオ豆の報酬と引き換えに自分の工場で働くことをもちかけ、交渉に成功します。
この設定は実は面白く、科学的に推考してみると、ウンパ・ルンパにとってのカカオ豆は、麻薬のような存在で、それがないと我慢できないくらいに依存しているとも考えられます。しかし、これは単なる架空の物語ではなく、私たちがチョコレートやココアを欲するのも、カカオ豆に含まれている特定の成分が依存を引き起こしているためではないかという説があるのです。カカオ豆のある成分について、ご紹介しましょう。
チョコレートに含まれる成分「アナンダミド」とは
アメリカ・サンディエゴにある神経科学研究所のダニエル・ピオメリらは、1996年に、チョコレートに「アナンダミド」という物質が含まれていることを報告しました(Nature 382:677–678, 1996)。実はこの「アナンダミド」は、大麻成分のTHCと関連のある物質です。大麻成分のTHCは、脳に分布するカンナビノイド受容体に作用することによって、精神作用を示すのですが、「外来性のTHCに対して受容体が私たちの体内に用意されているのはおかしい。もしかしたら、THCのような作用を示す物質がもともと私たちの体内に存在しているのではないか」と考えた研究者たちが探し求めた結果、脳内に「アナンダミド」が見つかったのです。体内に豊富に存在するアラキドン酸という脂肪酸にエタノールアミンが結合した化合物で、サンスクリット語(梵語)で「歓喜」を意味する「アーナンダ」に「アミド」を合わせて、「アナンダミド」と名付けられました。
大麻のTHCと同じように脳のカンナビノイド受容体に作用する物質がチョコレートにも含まれていたわけですから、「チョコレートには大麻のような作用があるのではないか」「チョコレートには大麻同様に危険な依存性があるのではないか」と話題になりました。はたして、本当なのでしょうか。
「チョコレートには大麻のような作用がある」はウソ
カカオ豆や、それを原料に作られるチョコレートやココアにアナンダミドが含まれるのは事実です。報告によると「1gのチョコレートに0.05~57μgくらいのアナンダミドが含まれている」そうなので、板チョコ1枚(だいたい50g)で2.5~2800μgになります。体重50kgの成人男性の血液量は4リットルくらいですから、板チョコ1枚のアナンダミドが100%体内に吸収されて血液中に均一に広がったとすると、血中濃度は0.6~700μg/リットルと計算されます。最高濃度がそのまま脳に移行したとすれば、わずかにカンナビノイド受容体を刺激できるかもしれないという、ぎりぎりのレベルです。加えて、アナンダミドには「体内で速やかに分解されてしまう」という性質があります。寿命が短く、カンナビノイド受容体に作用したとしても間もなく消えてなくなってしまいます。大麻成分のTHCが、長期間にわたり体内(とくに脂肪組織中)に残存し続けて、脳などに悪影響を与えるのとはまったく異なります。
チョコレートを食べることでアナンダミドを摂取したとしても、その量には限りがあり、しかもほとんどが分解されてしまいます。つまり、脳まで届いて精神作用を発揮することはまずありえません。私たちがチョコレートやココアを好きになってまた食べたくなるのは、アナンダミドとは関係なく、単においしいと感じるからでしょう。安心して食べてください。
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