羽生善治九段の凄さを「99」という数字から考えてみる
将棋のタイトル100期目に挑もうとしている羽生善治。「タイトル100期とか99期って聞くけど、どう凄いのかよくわからない」という一般の方の声も聞く。周知のように、羽生は将棋界において数々の金字塔を打ち立て、さらに飛躍しようとしている。その一つにタイトル獲得99期という記録がある(2017年達成)。それは将棋界において「最強の棋士」の証明ともいえるタイトル戦で99回勝者になっているということだ。
タイトル戦での羽生善治(2013年/第71期名人戦)
そんな「天恵知能」というワードを意識しつつ、「100」期の前に、まずはこの「99」という数について、4つの面から羽生の凄さを考えてみたい。
羽生善治の凄さ1:天文学的数値から見た「99」
対局前の羽生
プロ棋士はおよそ165人。その8割強はまったくタイトルを獲得できないという現実がある。断っておくが、プロ棋士は皆、天才である。将棋人口はおよそ600万人。その中から1年に4名しかなれない「プロ」という地位にまで登りつめているのだ。その棋士たちが凡庸なのでは決してない。
かような天才集団の中で、何らかのタイトルを獲得できるのは年間に7人(現在は8タイトルあるが、羽生が活躍したほとんどの期間は7タイトルのため、ここでは7人とさせていただく)。
プロ棋士の棋力がまったく同じだと仮定すれば、単純に言って7/165の確率でタイトルホルダーとなれる。それを99回もやってのけたのが、羽生なのだ。これ、計算すれば、もはや分母は天文学的数値、無限大。つまり、ゼロに等しい確率を「天恵知能」をもって可能にしたのが羽生なのだ。
羽生善治の凄さ2:相対性から見た「99」
羽生の背中
羽生の記録は、他の棋士との比較によってもとらえることができる。時代によって、タイトルの数も棋士の人数も変化してきているので、比較しやすい、羽生としのぎを削ってきた現役棋士(2020年現在)をピックアップしてみよう。
羽生の「99期」につぐ現役第2位の記録保持者は「永世名人」谷川浩司、同じく第3位は「永世竜王・永世棋王」渡辺明だ。二人の称号をご覧いただければ一目瞭然の超強豪だ。しかし、彼らの記録は、それぞれ「27期」と「26期」。羽生の3割にも満たないのだ。
令和の時代、もっとも注目されている棋士は藤井聡太ということで異論はなかろう。その藤井を例にとろう。彼のタイトル獲得は2期(2020年/王位・棋聖)だ。単純に、彼が現在のタイトル2期を守り続けたとしても、羽生を抜くには49年かかってしまう。そのとき彼は67歳だ。
もちろん、8タイトルある以上、藤井聡太がタイトルを獲得するスピードはもっと速く、もっと若い年齢で100期に達する可能性は高い。しかし現時点であくまでそれは、予測と期待である。
羽生善治の凄さ3:独占性から見た「99」
対局中の羽生
羽生は1989年に竜王を獲得。それから、99期獲得までの29年間、走り続けた。その間、約200回のタイトル戦が開催されていることになるが、そのうちの半分を羽生が獲得しているのだ。タイトル戦出場は約7割。俗にいう「出ずっぱり」である。
そして驚くなかれ、タイトル戦の勝率は7割を超えているのだ。羽生の記録を前人未到という言葉で称賛することがある。たしかに、そうだ。だが、この独占率は「羽生は人間なのか?」という疑問を抱かせるに十分でもある。「将棋界の独占禁止法破り」、それが羽生という棋士だ。
羽生善治の凄さ4:精神性から見た「99」
揮毫(きごう)する羽生
羽生が好んで語る言葉がある。「運命は勇者に微笑む」だ。将棋の指し手は、宇宙の分子の数より多いといわれている。当然、未知の展開が出現し、決断を迫られる場合がある。その時、羽生はこの言葉を反芻する。そして、自らを勇者たらんと追い込むのだ。
将棋に詳しくない人にこそ言いたい。対局中の羽生の目を見てほしい。挑みくる敵をひるませた「羽生にらみ」。闘志あふれる眼光は盤面を焦がすかのようだ。論理の勝負の中、自身に生まれた迷いを「勇気」という極めて原始的な心で越えようとする羽生が放つ光。
それは、けっして人工知能にはできぬ勝負だ。だからこそ、羽生は勝ち続けてきた。繰り返す。羽生の目を見てほしい。それだけで、納得できるはずだ。なるほど、この目にひそむ精神が羽生の「99」なのだと。そして、天恵知能は「100」という完全を表す数に挑んでいる。
※敬称に関して:プロ棋士の活動は公的であると考え、文中ではほとんどの場合、敬称を略しています。
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