タイトル戦

「名人と叡王って、どっちが強いの?」

僕は温泉町別府で子ども将棋教室を開いている。冒頭は教え子たちの言葉だ。まず子どもたちの疑問について説明しよう。

子ども将棋教室「将星会」の様子

子ども将棋教室「将星会」の様子


2017年、将棋界に新しいタイトル「叡王」が創設された。羽生善治による永世七冠獲得で将棋ファン以外にも知られることとなった7つのタイトル(「名人」「竜王」「王将」「王座」「王位」「棋聖」「棋王」)に加え、8つのタイトルが存在することになったのだ。華やかである。「名人戦」と「叡王戦」がほぼ同じ時期に開催されたこともあり、子ども達の話題となったのだ。

いったい誰が一番強いんだ?

将棋に限らない。勝敗に関わるあらゆる競技の観戦者はこの関心を抱く。そして、その思いが、多くの人々に共有され「観衆」が生まれた時、その競技のプロ化を社会が促す。ゆえにプロとなった競技側は「最強」を観衆に提示せねばならない。必然的にタイトルマッチという概念が生まれる。だが、実は将棋界のタイトル戦は、他の競技とは趣を異にする点が多いのだ。今回は将棋界のタイトル戦について他ジャンルと比較しながらガイドしていく。よろしくお付き合いください。

タイトル戦での羽生(撮影:伊賀本悟氏)

タイトル戦での羽生(撮影:伊賀本悟氏)


将棋界には統一ランキングがない

図をご覧いただきたい。8つのタイトル戦(番勝負)の開催時期を視覚化したものだ。ご覧のように、各タイトルの開催時期は年間を通して、おおむねバランスよく配置されている。大相撲の本場所のような感じだろう。だが、相撲のそれとは決定的に違う点がある。

タイトル戦の開催時期

タイトル戦の開催時期


相撲には番付という、すべての場所の成績をもとにした統一ランキングが組まれている。だから「春場所と夏場所の優勝者はどちらが強いんだろう?」という疑問は起こらない。一方、将棋はそうではない。公式戦を通じての勝率や勝数のランキングは算出されるものの、総合的なランキングはない。

さらに、「名人戦」や「竜王戦」ではランキングが個々に独立して存在する。たとえば、「竜王」タイトル保持者が「名人戦」ではB級にランクされているということもあり得る。相撲に置き換えると春場所は横綱として出場するが、夏場所は関脇として出場……。不可解であろう。これでは「誰が一番強いんだ?」に答えられないじゃないか。

複数のランキングが存在するという点で、ボクシング界を思い浮かべる方もいるだろう。ボクシングには、日本でもおなじみのWBC世界チャンピオンやWBA世界チャンピオンなどが存在し、ランキングも統一されていない。WBCのチャンピオンがWBAのランキング3位だということもある。

この点では将棋界と同じだが、これは、タイトル管理団体が別々という理由から生じた結果。将棋のプロ棋士団体は日本将棋連盟のみなのだ。管理団体が一つでありながら統一ランキングがなく、複数のタイトルが存在する。最強が曖昧になるシステムではないか。なぜ、このような状況になったのか。歴史的に見ていこう。

歴史に見るタイトル戦

1937年、名人戦が創設された。それまでの名人位は徳川時代以来の世襲制であったが、この年から実力制となったのだ。実際の戦いを経て「最強は誰なんだ?」の答えが出るようになった。そして、1950年、あらたに「九段戦(後の竜王戦)」がタイトル戦に加わる。翌年、さらに「王将戦」がタイトル戦となる。さらに1960年代に「王位戦」と「棋聖戦」、1975年には「棋王戦」、1983年には「王座戦」、2017年に「叡王戦」。こうなってくると、どうにもわかりにくくなってくる。

「どのタイトル保持者が最強なんだ?」

子ども達でなくとも抱く疑問だ。実際に、升田幸三、大山康晴、羽生善治のように、その時点でのすべてのタイトルを誰かが独占奪取すれば、答えは簡単に出る。だが、それはきわめてレアなケースだ。これが大会なら理解もしやすい。

たとえば、競技によっては五輪もあれば、世界選手権もあるという場合がある。金メダリストが世界選手権で予選敗退なんてことだって珍しくはない。だが、将棋界はあくまでもチャンピオンが防衛戦を行うタイトルマッチなのだ。一発勝負のトーナメントとは同列に語れまい。

複数のタイトルが認められてきた理由

タイトルマッチといえば興行の目玉。プロである以上、大きな収益に結びつくタイトル戦はたくさん行いたくなるもの。だが、乱立すれば、各タイトルの権威が低下し、ファンは離れていく。しかし、将棋界はそうはならず、「名人戦」誕生からタイトルは増え続け、80年の年月を経た今なお「叡王戦」というタイトルが増やされ活況を呈している。常識的には、不可思議なことだろう。ではなぜ、将棋ファンはこの状況を受け入れてきたのか。

突飛な解説に思われるやもしれぬが、持論を述べさせていただく。将棋における各タイトルは、別種目なのだ。例えを出そう。陸上選手がトラックを走る姿を頭に浮かべていただきたい。「誰が一番速いのか?」という質問に対する答えは「距離によって違います」以外にない。

1000メートル走と100メートル走では、最速者が違って当たり前だ。ちょっと待ってくれ、「名人戦」も「叡王戦」も同じ将棋じゃないか。陸上とは訳が違うだろう。子ども達もそう反論するだろうし、賛同の方も多いに違いない。当然である。

種目が違うタイトル戦

同じ将棋なのに、どこがどう違うのか。細かく言えばいろいろあるが、ここでは、まず、子ども達の話題に上った「名人戦」と「叡王戦」を例にしてガイドしよう。この2タイトルのもっともわかりやすい大きな違いは持ち時間である。持ち時間とは1局の中で対局者に許された思考時間のこと。短ければ、直感や頭脳の回転速度、瞬発力がものを言うだろうし、長ければ、経験や思考の深さ、持続力が勝負を分けるに違いない。

「名人戦」の持ち時間は9時間、「叡王戦」は最短で1時間なのである。実に9倍だ。自ずと戦い方も変わってくる。ありえない話だが、1ラウンド3分制と1ラウンド27分制のボクシングがあれば、もはや、同じ種目とは言えまい。しかも「叡王戦」は持ち時間が変化するユニークな方式をとっている。表をご覧いただきたい。その他のタイトル戦にも違いがあることをおわかりいただけると思う。

各タイトル戦の概要

各タイトル戦の概要


かように、将棋タイトル戦は大相撲の本場所、ボクシングの複数ランキング、陸上の複数種目などの要素がミックスされた独特のものなのだ。それを愛棋家は受け入れた。楽しんだ。だから、子ども達の疑問「名人と叡王、どっちが強いの?」の答えは「比較できないよ」となる。

しかし……、しかしである。これでは、面白くない。たとえば陸上競技。「種目により最速者は違う」が答えだ。だが、多くの観衆はこうイメージする。100メートル最速こそ、人類最速だと。ならば、将棋でも最強者をイメージできるのではないか。あくまでもガイドなりの答えだが、最後に書きたい。

最強のタイトルは……ガイドの答え

「名人」が最強である。既述のように、江戸時代からの世襲制であった名人位を実力制へと、いわば革命を経て、やっと確立されたタイトルなのである。300年以上の世襲という伝統を打破するために、目に見えぬ汗と血がどれだけ流されたことか。観衆が渇望し、棋士たちが暗中模索、試行錯誤の末に、これならば最強を名乗っていいだろうという共通認識を作り上げていった史上初のタイトル「名人」。

初代実力制名人は木村義雄。5連覇を成し遂げた彼は常勝将軍と呼ばれ、戦時下の軍に講師として招かれるほどの存在となる。木村の力が衰えを見せたころ、2つ目のタイトル戦「九段戦」が始まる。ゆえに木村は他のタイトルを獲得していない。「名人」だけが木村の遺伝子を残したタイトルなのだ。ガイドは動かすことのできぬこの事実をもって、もう一度書く。

「名人が最強である」

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

タイトル戦/撮影:伊賀本悟氏

タイトル戦/撮影:伊賀本悟氏


付記

歴史のある「名人」と最高賞金額の「竜王」を最上位とするのが一般的でもあります。実際に日本将棋連盟が発行する免状には連盟会長とともに名人と竜王の直筆署名が書かれています。参考までに、その画像を紹介します。みなさんもご自分なりの最強タイトルをイメージすれば、さらに観戦が楽しくなるのでは、と思います。ぜひ。

免状の署名部分/ガイド所蔵

免状の署名部分/ガイド所蔵


追記

「敬称に関して」

文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。

  1. プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
  2. アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
  3. その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。

「文中の記述/画像に関して」
  1. 文中の記述は、すべて記事の初公開時を現時点としています。
  2. ガイド撮影の画像については、すべて個人情報の取扱において許可を得ています。

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