国民栄誉賞の受賞

2018年2月、羽生善治が国民栄誉賞を受賞する。受賞理由は、1996年の「七冠」と2017年の「永世七冠」の獲得だ。愛棋家のみならず、日本国中に祝賀ムードが広がった。だからだろう、ガイドにも、いろんな方から羽生賞賛の声が届いた。

笑顔の羽生

笑顔の羽生


ありがたいことだが、気づいたこともある。多くの人に誤解されている点があるということだ。小さいが見逃せない誤解と大きな誤解。まずはそれらを解くことから、羽生の凄さを案内したい。

羽生は永世七冠ではない

小さな誤解について説明しよう。羽生は「永世七冠」ではないということだ。受賞理由は「永世七冠」だが、実は「永世八冠」なのである。列記しよう。永世名人、永世竜王、永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖、ここまでが、いわゆる「永世七冠」。

加えて、羽生は「名誉NHK杯選手権者」の称号も持っている。通算10回の優勝者にだけ贈られる称号であり、手にしたのは歴代棋士の中でただ一人、羽生だけだ。さらに、NHK杯には他の棋戦と大きく違う点がある。対局での持ち時間が極端に短いことだ。たとえば、竜王戦は8時間の持ち時間が与えられ、対局は2日間におよぶ。一方、このNHK杯は、なんと10分(使い終わると一手30秒が与えられる)なのである。

8時間と10分。将棋を指す人ならおわかりだろう。もはや、同じ競技とは言えないほどの違いである。いわば、マラソンと100メートル走。その両方で金メダルを獲得したのが羽生だ。ここに羽生の凄さと恐ろしさがある。だからこそ、見逃せない誤解なのである。

対局中の羽生

対局中の羽生


七冠と永世七冠はどちらが上か 

大きな誤解は、無理もない誤解である。私が耳にした一般の方の言葉を紹介しよう。

「羽生さん、すごいですね。七冠だってすごいのに、さらに上の永世七冠でしょ」

一見、納得。しかし、誤解なのである。「永世七冠」は「七冠」の上に位置するものではない。「永世」という言葉がそう思わせてしまうのだろうがそうではない。たしかに「名人」と「永世名人」ならば、その図式も当てはまる。「永世名人」は「名人」位を5回獲得したものだけに贈られる称号だからだ。しかし、「七冠」と「永世七冠」は、そういう関係ではない。下記をご覧いただきたい。

  1. 「七冠」とは7つのタイトルを同時に保持している棋士の称号
  2. 「永世七冠」とは7つのタイトルをそれぞれの規定回数以上に保持したことがある棋士の称号

わかりにくいかもしれないので、大相撲に例えよう。

  • 1は、年間の6場所のすべてで優勝を独占した力士。
  • 2は、生涯を通じて、どの場所でも4回以上優勝したことのある力士。

これなら、おわかりいただけるのではないだろうか。1を達成したのは朝青龍ただ一人であり、2は白鵬と大鵬の二人だけである。どちらが上ということはない。だが、羽生は一人で両方をやってのけたのだ。

かように短期決戦の「七冠」と生涯記録の「永世七冠」はまったく別であり、どちらも奇跡の大偉業、優劣はない。では、長い歴史の中で、唯一羽生だけがなぜ?答は簡単。羽生が人間ではないからだ。その経緯も含めてガイドしよう。

羽生は野獣である

ガイドは過去に幾度も書いてきた。盤前に座した羽生は野獣である。眼光鋭く、敵の懐に飛び込み、倒す。羽生にとって将棋盤は狼男の満月に等しい。小学生に教えている時にさえ「羽生にらみ」を出してしまう獅子なのである。そして、獅子が最も強い時はどんな時か……。手負いの時こそが最強なのである。傷つき、追い詰められた獅子。「七冠」を獲得した時も「永世七冠」に就いた時も羽生は手負いの獅子だった。

手負いの獅子/イメージ

手負いの獅子/イメージ


「羽生でも無理だ」

時は1995年にさかのぼる。残雪、松明けの12日から始まった王将戦七番勝負。開戦から2ヶ月以上を費やしての3月24日。将棋史に残る対局が行われた。当時、六冠を保持していた羽生は24歳、まさしく昇り龍。六冠自体が史上初でもあった。しかも、全冠独占まであと一つ、この「王将」のみ。期待が高まる。

立ちはだかるは「光速の寄せ」の異名を持つ谷川浩司。互いに3勝3敗。最終戦に集まった報道陣は150名を超えた。曰く「100年に一度の大勝負」。羽生への苦手意識を持っていたと当時を振り返る谷川。だが、負けるわけにはいかなかった。

谷川が背負っていたのは、第1戦の3日後に襲いきた阪神淡路大震災。日本中を震撼させた大地のうねりに自身も被災した谷川は、それでも、予定通り羽生と戦いたいと懇願。日本中がその勇姿に拍手を送った。だが、羽生にしても負けられない。1人の人間が6つのタイトルを冠することなど、これまでもなかったし、これからもないだろう。だからこそ「七冠」は100年に一度の大チャンス。逃せば、次はない。

結果、谷川が勝利。「私だけの力ではありません」と被災者の後押しを素直に語る。谷川賞賛の一方、メディアは落胆の声をもらす。「羽生をもってしても、もう七冠は無理だ」。100年待たねばならなくなった。羽生への期待は消える。だが、手負いの羽生はどう思ったか。後に語っている

「(当時は)これで、2,3年は難しいだろうと考えました」

人間なら100年、つまり事実上不可能と考えることに対して、この言葉である。そして、この言葉を羽生自身が上方修正する。翌1996年、わずか1年で羽生はやってのけたのだ。

100年に一度の敗戦後も失意に沈むことなく、保持していた6つのタイトルをすべて防衛。そして、再び谷川への挑戦権を手にした王将戦。つめかけた報道陣250名の熱気の中。なんと4連勝で、奇跡の七冠を独占してしまう。手負いの獅子は、恐ろしいほどに強かった。

「永世七冠は消えた」

「七冠」から12支を巡った2008年。羽生は永世六冠となっていた。ただ一つ手にしていない永世は「竜王位」のみ。だが、それも目前だった。この年、羽生は竜王戦挑戦権を勝ち取る。あと1度のタイトル奪取で永世竜王の資格を得る。

実は、羽生がプロとして初めて獲得したタイトルが1989年の竜王だった。それから20年近くが経過している。だが永世には届いていない。連続5期、あるいは通算7期で永世称号が贈られる竜王位。一概に比すことはできないが、既述のように、10回の優勝が必要な永世称号もある中で、特段に厳しいとはいえない規定だ。

だが、羽生には鬼門だった。挑む相手は一回り若い、渡辺明。渡辺はこの羽生戦までに4期連続で竜王となっている。つまり、渡辺にも永世がかかっているということ。ちなみに、それまで永世竜王に輝いた棋士はいない。初代永世竜王を決める七番勝負。快調に飛ばす羽生は3連勝。歴史上、3連勝してタイトルを獲得できなかった例はない。圧倒的な優勢。

メディアは騒ぐ。「永世七冠、誕生か」と。だが、そこから渡辺が怒涛の巻き返し。3連勝をやってのける。互いに3勝3敗で迎えた最終戦。メディアはさらに沸騰。曰く「100年に一度の大勝負」。

そう、再びこう呼んだのだ。そして、羽生は敗れた。またしても「100年」を逃してしまう。しかも、既述のように前例のない3連勝後の4連敗。谷川戦のときのような若さもない。世間は口にする。「羽生の永世七冠は消えた」と。

だが、それから2年後。羽生は竜王戦予選で勝ち上がり、再度、渡辺に挑む。この挑戦自体が、人間スケールで見れば奇跡だったが、世間の多くは思っていた。勢いが違う。今の羽生では、油の乗った渡辺に勝てまい。それほど、羽生の傷は深く感じられた。そして、予想は当たった。

「羽生は終わった」

7年がすぎ、羽生は47歳になっていた。年齢とともに傷口は広がる。いや、年齢そのものが大きな傷となる。この年、小学生の頃から腕を磨きあった森内俊之が名人戦からの撤退を宣言した。同年代でありながら、羽生に先んじて永世名人の称号を獲得したのが森内だ。

羽生の心中は察するに余りある。羽生自身も、20歳代の菅井竜也、中村太地にタイトル戦連敗。バタバタと二冠を失い、所持する冠は1つだけとなった。また、藤井聡太という、まだ10歳代の中学生棋士が台頭。愛娘よりも年下だ。その藤井に非公式戦とは言え、破れもした。もはや、人々の目に強い羽生は映らない。強かった羽生が残像としてゆらめくのみ。人々の口に上る言葉。「羽生は終わった……」

だが、野生の羽生は伏していた。傷口をじっと舐め続けていた。そして、手負いであるがゆえの爆発的な本能を知っていた。肉などどれだけ切られようとも構わない。骨を断てば良い。当面の骨は永世竜王。手負いの獅子は立ち上がった。

2017年、竜王戦予選を恐ろしいばかりの強さで駆け上がる。待ち受ける竜王は、あの渡辺だ。2017年12月5日。羽生の3勝1敗で迎えた第5局。獅子は攻め続ける。83手目「▲8四香」。勝ちを確信した野生の本能は、自身の手を震わせる。野獣の羽生と人間羽生の葛藤が表出する瞬間だ。天を仰ぐ渡辺。87手目が指され、ついに渡辺は力尽きた。手負いの獅子が永世七冠という骨を砕いた。

「負けました」

渡辺の声が、人間羽生を呼び戻す。こうして幕が閉じた。

指す羽生

指す羽生


おわりに

七冠、そして永世七冠。それは羽生の第1章、第2章にすぎない。僭越ながらガイドが予言しよう。第3章は、米長の持つ最高齢名人位(50歳)。そして第4章は、人工知能への完全勝利だ。お読みいただきありがとうございました。これからも、野獣羽生を追いたい。そう思っています。


追記

■敬称に関して

文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。

  1. プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
  2. アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
  3. その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。

■文中の記述に関して
文中の記述は、すべて記事公開時を現時点としています。

■画像に関して
本記事で使用した羽生永世七冠の写真は2013年第71期名人戦(大分県)での写真であり、撮影者の伊賀本悟氏(別府市在住)より筆者に寄贈されたものです。あらためて感謝いたします。


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