「恐怖をあおって言うことをきかせる」は指導法として適切ではない
指導者の思うままに動いてしまうのは、恐怖心をあおる指導を受け続けているからかもしれません
「言うことを聞かないと、どうなるかわかってるな?」
「あれもこれもやらないと、評価してやらないぞ!」
「言う通りにやらないと、試合に出られなくする!」
「この仕事が失敗したら、お前の席はない!」
こうした言葉を聞くと、「言われたとおりにやるしかない」という心境になってしまいます。自分の可能性や進路、生活の安全を断たれる危険性を感じてしまうからです。
脳の「扁桃体」が作動しすぎると、冷静な判断ができなくなる
では、なぜ人は恐怖を与えられると、冷静な判断ができなくなるのでしょう。その謎を解くカギが、脳の「扁桃体」という部分にあります。扁桃体は、脳の側頭葉の内側にある神経細胞の集まりです。生命の維持にかかわる危険性を瞬時に評価し、恐怖などの情動反応の処理を行います。そのため、脳における「危険アラーム機能」とも呼ばれています。たとえば、夜道でふいに人や動物に出くわしたとき、恐怖に襲われて身構えてしまいますよね。これは、扁桃体が危険を察知して、アラームを発したことによる防衛反応です。
扁桃体が正常に機能しているからこそ、目の前の危機から逃げたり、攻撃する相手と闘う体勢をとることができます。しかし、この脳内アラームが始終作動していると、大脳の前頭前野が担当している「合理的判断」が働きにくくなってしまいます。
大脳の前頭前野が働きが弱ると、合理的判断ができなくなる
大脳の前頭前野は、人間らしい感情や思考、行動を司る部位です。冷静になり、合理的に物事を考えて対処すること、抽象的な思考や創造性を働かせること、他人の感情に共感すること。こうした複雑で高度な感情や思考、行動は、前頭前野が司っています。この前頭前野の働きを高めることで、人は自分の才能を開花させ、創造的で知的、人間味あふれる活動ができるようになります。しかし、扁桃体が刺激されて、脳内アラームが作動しすぎる状態では、前頭前野の働きは十分に発揮できなくなってしまいます。
現代の日本で生きる私たちには、身の危険にさらされるような出来事は、そうたびたび起こらないのではないでしょうか。しかし、言葉や態度で繰り返し恐怖を与えられて、扁桃体の脳内アラームが頻繁に作動していると、常に危険と隣り合わせで生きているような心境になってしまいます。
厳しすぎる指導・しつけの弊害……脳のダメージは低年齢ほど深刻
年齢が低いほど、恐怖が脳に与える影響は深刻。激しい虐待を受けると脳が萎縮してしまう
恐怖が脳に与えるダメージは、幼少期ほど深刻です。福井大学の友田明美教授らの研究によると、幼少期に厳格な体罰を受けた人たちは、そうでない人たちに比べ、大脳の前頭前野の一部に委縮が見られ、その他複数の脳の部位の正常な発育も阻害されることが分かりました(※)。
厳しすぎる指導がなくならない理由、被害を受けたときの相談窓口
恐怖を与える指導をする人の多くは、集団の中での絶対的な権力を持っており、被害者や周囲が指導のいきすぎを指摘しにくい立場にあります。そのため、自分の言動の暴力性を自覚しにくく、攻撃がエスカレートしてしまうものと考えられます。そのため、恐怖を与える指導を受け続けている人に、自主的な解決ばかりを求めるのは、そもそもフェアではないと考えられます。したがって、被害を受けている人が厳しすぎる指導を受けてつらいと感じたときには、一人で抱えずに相談できる人に気持ちを打ち明け、誰かと一緒に考えていくことが大切になります。家庭の問題には、保健センターや保健所などの地域の保健相談窓口、生徒や学生の悩みには、スクールカウンセラーや学生相談室、パワハラには、職場の相談窓口や地域の労働相談窓口があります。
とはいえ、本人が一人で上のような窓口に相談に行くのは、とてもしんどいかもしれません。周囲の人につらそうな様子が見られたら、声をかけあって気持ちに寄り添い、相談窓口につないでいくことも必要になるものと思います。
※参考文献:『子どもの脳を傷つける親たち』友田明美著 NHK出版新書(2017年)