「葉酸」は妊活中・妊娠中だけ大切なビタミンではありません
ほうれん草などに多く含まれる葉酸。赤ちゃんの二分脊椎発症を防ぐビタミンとして知られています。しかし妊娠を考えている女性や妊婦さん以外にも、大きなメリットがある栄養素です
「葉酸」は、一般的には赤ちゃんの先天的な疾患のひとつである「神経管閉鎖障害」を予防するビタミンとして知られています。妊娠を希望している女性の方は、葉酸サプリなどを摂った方がよいといった話を聞いたことがあるかもしれませんね。
実は、この葉酸というビタミンは赤ちゃんの疾患を防ぐだけではなく、さまざまな健康効果があることがわかってきています。妊活中、妊娠中の女性だけでなく、全ての年齢・性別の方に知っていただきたいことです。
葉酸とは……心不全・認知症リスク対策にも
「葉酸」はビタミンB群の仲間。「葉酸」という文字の通り、植物の葉に多く含まれているビタミンです。体内で葉酸が不足した状態になったり、うまく働かなかったりすると「ホモシステイン」と呼ばれるアミノ酸が増えます。ホモシステインが増えると、体内の細胞を傷つけてしまうため、血管がもろくなり、心不全や心筋梗塞、脳梗塞などのリスクが高くなることが分かっています。また、血中ホモシステイン濃度が高いと認知症のリスクも上がることも知られています。このように葉酸不足には様々な健康リスクがあります。年代を問わず葉酸を摂取する意義は高いのです。さらに驚くべきことに、認知症を発症してしまった後も認知症の進行を遅らせる可能性があることもわかっています。
海外では穀類への葉酸添加の義務化の広がりも
これらの結果を受けて、アメリカでは1998年に穀類に葉酸を添加して販売することが義務付けられました。これを皮切りに、世界各国で穀類への葉酸添加の義務化が進んでいます。葉酸添加を義務付けた国では食品店で販売されるパン、パスタ類、シリアルに至るまで、すべての商品に葉酸が添加されているのです。実際にこれらの国では葉酸不足との関連が指摘されている神経管閉鎖障害が減っているという報告もあります。
日本では、2000年に母子手帳に葉酸の有用性が掲載されましたが、穀類への葉酸添加義務はまだありません。
「日本人の食事摂取基準(2020年版)」では推奨量が1日240μg、「平成30年国民健康・栄養調査報告」では20歳以上の成人で平均303μgを摂取しているとされており、栄養士の間でも不足しているという認識はありません。この量については、葉酸の欠乏症である悪性貧血を予防するには十分なものの、心筋梗塞や脳梗塞、認知症を予防するには不足しているのではないかと考える研究者もいます。
日本での葉酸摂取の成功例……医療費削減が実現したケースも
実際に、葉酸は240μgでは足りないと考え、葉酸を400μg摂取することを推奨し、医療費削減を実現した町があります。それは埼玉県坂戸市。女子栄養大学のキャンパスがある町です。「坂戸葉酸プロジェクト」と名づけられたこのプロジェクトは、私の恩師でもある香川靖雄副学長の指導の下、私の先輩や後輩が実働に当たっています。このプロジェクトでは市民への講義や栄養指導による知識の啓蒙の他、製パン業者と共同で給食用の食パンに葉酸を練りこんで提供したり、市内の飲食店で葉酸入りの商品を開発して販売したりと、さまざまな取り組みが行われました。
このプロジェクトが始まってから、坂戸市の医療費が減少。最も目をひくのは、2006年と2007年の2年間で医療費、介護給付費が2年間で22億円節減できたという報告です。市民の皆さんの健康に具体的なよい変化があった証拠と考えられます。
このプロジェクトでは、葉酸を400μg摂取することを目標としていますが、実際には、葉酸を多く含む食品である野菜の摂取量を増やすことで栄養バランスの良い食事を摂ることができるようにサポートしています。
「葉酸」を多く含む食品例
葉酸を多く含む食品を「日本食品標準成分表2015年版(七訂)」を基にした「食品成分データベース」で見てみましょう。食品成分データベースでは100gあたりの量が示されていますが、ここでは、1回で食べるおおよその量に含まれている量を示します。- 鶏レバー 260μg(1食20g)
- 焼き海苔 36μg(1枚3g)
- ブロッコリー 24μg(1食20g:2房程度)
- ほうれん草 110μg(1皿100g)
- 抹茶(粉末) 18μg(1杯1.5g:茶さじ2杯)
- 日本茶(せん茶) 24μg(1杯150ml)
- 枝豆 260μg(1皿 サヤなしで100g)
普通の食事で277μg摂取できているのですから、400μgを目標とすると123μgの不足です。ほうれん草のおひたしを1皿とせん茶を1杯追加すれば、それで不足分が補えます。ほかにも、ビール好きのお父さんなら、枝豆1皿やレバー1皿で補えそうです。
最初だけ少し意識すれば、毎日の習慣にすることもさほど難しくはないのではないでしょうか? この「最初だけ少し意識すれば習慣化できる」ことを推奨したことが、「坂戸葉酸プロジェクト」の成功のカギだったかもしれません。
妊娠を希望する女性・プレママの方へ
そして、これから妊娠を考えている女性や現在妊娠中の女性は、赤ちゃんのために「葉酸」のサプリメントを利用している方も多いと思います。実際に「日本人の食事摂取基準 2020年版」でも、妊産婦は480μg、授乳婦は340μgと推奨量が高く設定されています。赤ちゃんグッズ売り場に葉酸のサプリメントが並んでいますので、赤ちゃんのためにと手に取る気持ちはよく分かります。しかし、少し考えれば、妊産婦の推奨量である480μgも上記の要領で、枝豆1皿を追加したり、ほうれん草1皿+せん茶+焼き海苔2枚といったものを追加すれば食品だけで十分、摂取することは可能です。
食品には葉酸以外の栄養素も含まれています。葉酸を軸に「様々な栄養素」を摂ることが目的です。単一の食品に偏ることのないように、さまざまな種類の食品で葉酸を補うようにしてください。
また、もう1つ覚えておいていただきたいことがあります。「神経管閉鎖」は妊娠初期に起こります。神経管閉鎖が起こる頃はまだ妊婦自身が妊娠に気づいていない可能性もあります。そのため妊娠がはっきりしてから葉酸を摂るのではなく、妊娠を希望している女性は、妊娠前から葉酸を多めに摂ることを意識した方がよいでしょう。
もっとも、葉酸は推奨量よりも多く摂るほうが体にもよいのですから、妊娠を希望する、希望しないに関わらず、老若男女、すべての人が意識して多めに摂ることをオススメします。
葉酸摂取はサプリメントより「食品」で
「葉酸」をサプリメントで摂るのは手軽ですが、メリットばかりとも言えません。葉酸摂取ばかり意識してサプリメントで安心してしまうと、葉酸以外の栄養素は不足したままになりがちです。葉酸はさまざまな食品に含まれていますので、葉酸を多く摂取しようと意識して食品を選ぶことで、他の大切な栄養バランスもよくなります。これが上でもご紹介した坂戸市民の健康の秘訣とも言えます。私たちも坂戸市民の皆さんのように葉酸を意識して健康的な生活を送りたいものですね。