【ミュージカル『黒執事 Tango on the Campania』観劇レポート】
“特異なるキャラクター”たちが確かな“うつつ”として存在する世界
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
客席から登場した刑事ハンクス(寺山武志さん)と、先輩刑事アバーライン(高木俊さん*高ははしごだか)が豪華客船「カンパニア」号に乗り込むくだりから舞台はスタート。ミュージカル版『黒執事』お馴染みコンビの畳みかけるような掛け合いが、スピード社会に生きる現代の観客を違和感なく、19世紀英国を舞台とするファンタジーの世界へといざないます。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
彼らに続いて現れたのは、英国貴族ミッドフォード家の人々、そしてファントムハイヴ伯爵と従者たち。ファントムハイヴ伯爵ことシエル(内川蓮生さん)と執事のセバスチャン(古川雄大さん)は、人類の完全救済の名のもと“死者蘇生”を行う秘密集会に女王の命で潜入するが、蘇生した“彼ら”は突如、人間を襲い始める。そして最悪のタイミングで、船が氷山に衝突してしまう……。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
沈没の危機にさらされる中で、その数1000人以上という圧倒的な数の“彼ら”と戦い、さらにそこに現れた死神たちとの三つどもえ、四つどもえの戦いに巻き込まれてゆく主人公たち。黒幕/犯人の犯行動機に重い“事情”があり、シリアスな余韻を残したこれまでのミュージカル版『黒執事』作品と比べると、今回の“豪華客船編”はダイナミックなパニック・ドラマの色が濃く、またドルイット子爵(佐々木喜英さん)ならディスコ、葬儀屋(和泉宗兵さん)ならタンゴと、登場キャラクターそれぞれにふさわしい曲調のナンバー(作曲・和田俊輔さん)が配されていることで、観客が彼らの“煌めき”をダイレクトに楽しめる作りとなっています(演出・児玉明子さん)。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
例えば前作の『サーカス』篇からの続投となったシエル役の内川蓮生さんは、この世の不条理を背負わされた前作でのシエルの経験を踏まえ、“天涯孤独の領主”としての頼もしさを、台詞にもたたずまいにも漂わせます。また彼の許嫁として、“一生可愛い女性として”存在するつもりだったミッドフォード家令嬢エリザベス役の岡崎百々子さんは、“彼ら”の出現によって凄腕の剣士としての素顔を表さざるをえなくなった悲しみと新たな決意を、ソロ・ナンバーで豊かに表現。その母親フランシス・ミッドフォード役の秋園美緒さんも、英国騎士団団長の一家にふさわしい毅然たる台詞、歌と端正な立ち回りを披露しています。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
死神グレル・サトクリフ役の植原卓也さんは氷山に乗っての華々しい登場にふさわしい弾けっぷりで“おネエ”キャラを、また途中、“黒幕”となりかける(?!)ドルイット子爵役の佐々木喜英さんも、“常に物語をかき回すアブナイ美青年”キャラを怪演し、今回、初めてその素性が明かされた葬儀屋役の和泉宗兵さんは、クリアな中に不気味さを漂わせた口跡で、物語のポイントとなる重要な台詞を確実に客席へと届けています。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
そしてこの作品で何より絶対的な磁力を放つ“黒執事”ことセバスチャンは、シエルと主従関係を結びながら、その背景には彼とのある“契約”が存在し、彼に対して愛情や愛着があるわけではない、という設定。復讐を胸に、健気に生きるシエルと日々を過ごし、様々な冒険をともにしていればおのずからなにがしかの感情が芽生えそうなところを、「私は執事、貴方は伯爵」のナンバー最後の歌詞にあるように、(人間であれば)背筋が凍るような思惑を抱き、人間界をどこか高みから眺めている、非常に特異なキャラクターです。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
かなり難度の高い役柄ながら、演じる古川雄大さんはその長身と表現力を生かし、優雅ではあるがどこか得体のしれない“人ならざるもの”を体現。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
アクション・シーンでは長い足を活かした足さばきで魅せ、高音が多用されたナンバーではファルセットを効かせ、静的な大人の男性というより、少年のような不思議なみずみずしさをも加え、生身の人間が演じるからこその“黒執事”に説得力を与えています。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ
賑々しく、エンタテインメントに徹しながらも、様々な事件を通して人間の愚かしさ、この世の不条理を暴いてきたミュージカル版『黒執事』。いつか物語が完結するとき、セバスチャンはどのようにシエルに対峙するのか、そんな緊張感をはらんだシリーズとして、早くも次回作が待たれる舞台です。
『ミュージカル「黒執事」Tango on the Campania』写真提供:アミューズ