「風邪には葛根湯」だけではない身近な漢方薬
身近になってきた漢方薬ですが、その歴史はあまり知られていません
私は漢方薬を専門に扱う薬局を営んでいるので、体調不良に漢方薬を使うという選択肢のハードルが下がっていると感じます。
その一方で意外と「漢方とは何か」が知られていないと感じることもしばしばです。それを感じさせる質問の代表格が「漢方の本場は中国なんですよね?」というものです。
漢方は日本で育った伝統医学
まず、結論としては「漢方の本場は中国なのか?」という問いの答えは「漢方の本場は日本」というものになります。しかしながら、この回答だけだと「難しい漢字の薬ばっかりじゃないか!」「中国に行くとお土産でいっぱい漢方薬を売っているじゃないか!」という反論を受けてしまうでしょう。
そこでここからは簡単に漢方の歴史を説明することで、回答の補完をしたいと思います。
漢方の起源は中国……中国伝統医学から生まれた漢方
漢方の起源は皆さんのイメージ通り、中国伝統医学にあります
つまり、漢方は中国生まれ日本育ちの医学体系なのです。ここでクイズの時間です。漢方の起源といえる中国伝統医学はいつ頃、その大枠が出来上がったと思いますか?
1)弥生時代 2)奈良時代 3)平安時代 4)江戸時代 5)明治時代
答えは1)弥生時代です。諸説ありますが中国伝統医学は紀元前200年~紀元後200年頃(中国では漢の時代に当たります)にはその基礎が完成していました。現在でも知られる有名な医学書が漢の時代に多く成立しています。
弥生時代は日本においては水田で稲作が始まった時代として有名です。ちなみに邪馬台国の女王・卑弥呼は紀元後200年~250年前後、弥生時代後期の人物といわれています。その頃、中国ではすでに生薬や鍼灸(しんきゅう)をもちいた感染症や慢性病の治療が行われていました。
有名な葛根湯は紀元後200年頃に生まれた傷寒論(しょうかんろん)という文献に記載されています。つまり、少なくとも葛根湯は1800年以上前の薬ということになります。現在、日本で頻繁に使用されている漢方薬はこの時代のものがとても多いです。
奈良時代ごろに日本に伝わってきた中国伝統医学
中国で興った中国伝統医学が本格的に日本へ「輸入」されてきたのは奈良時代から平安時代になってからです。学校の日本史で必ず習った遣唐使の時代です。753年には有名な鑑真和尚によって仏教の教えとともに中国大陸から生薬も持ち込まれました。代表的なものに薬用人参、桂皮(けいひ)、甘草(かんぞう)、大黄(だいおう)などがあり、それらは正倉院に保管されました。生薬の一部は1000年以上の時を経て、なんと現在でも薬効成分が失われていないそうです。
中国伝統医学は江戸時代に「日本化」された
江戸時代に入ると中国伝統医学から脱却し、独自路線が鮮明になりました
ちょうどその頃、治療を行うための理論が複雑化してきた中国伝統医学を見直そうという運動も盛んになっていました。いわば中国伝統医学の日本化が起こったのが江戸時代となります。その特徴として……
- 紀元前200年~紀元後200年に生まれた古い中国伝統医学への回帰
- 複雑になり過ぎた理論を「断捨離」
- 症状からシンプルに使用するべき薬が決まる治療法が発達
……などが挙げられます。中国伝統医学の輸入から本格的な「日本の伝統医学」が誕生した時代ともいえます。
西洋医学が輸入された明治時代……「漢方」の誕生
明治時代になると鎖国の時代から一転してオランダやドイツの医学が流入してきます。つまり、複数の異なる医学が併存する時代が到来したのです。ここでひとつ、ちょっとした問題(?)が発生します。西洋医学が輸入される以前は「医学=中国伝統医学を基礎とした医学」と決まっていました。しかしながら、西洋医学という異なったスタイルの医学が流入してきたので名称も含めた差別化の必要が生じたのです。
その結果として生まれたのが今日まで受け継がれている「漢方」というネーミングです。「漢」は上記でも登場した漢の時代に由来します。
「漢方」以外には皇漢(こうかん)医学などとも呼ばれていましたが、時代とともに「漢方」が主流となり今日に至っています。
このように「漢方」という言葉が使われだしたのは明治時代、歴史的にみるとそれほど大昔の話ではないのです。意外ですよね。
明治時代後は西洋医学に押されて漢方は存在感を失いました。しかし、昭和の時代になると手軽に服用できるエキス剤が発明され、普及してきました。
エキス剤とは生薬を煎(せん)じて出来た液体の有効成分を固形化し、加工して顆粒状などにしたものです。簡単に服用できるエキス剤は漢方薬をより身近なものにしました。
中国では漢方ではなく「中医学」として発展
中国伝統医学は日本では漢方、中国では中医学に発展
中医学の特徴は漢方(つまり日本)と比較すると理論を重視し、使用する生薬の種類も量も多い傾向にあります。近年は日本でも中医学のテキストを使って勉強し、治療に取り入れられるケースも増えてきた印象があります。
漢方で使われる薬は漢方薬ですが、中医学の理論をもとに生まれた薬は中成薬(ちゅうせいやく)と呼ばれています。つまり、厳密にいうと「中国旅行のお土産で漢方薬を買って来たんだよ」というのは誤りです。
ここで話は少し脱線します。近年、私の経営している一二三堂薬局には中国の方がしばしばいらっしゃいます。多くの方は日本語が上手なので旅行者ではなく、日本で生活されている方(池袋には北口を中心にチャイナタウンがあります)だと思います。
その方たちがよく「中国の漢方薬は品質が低いし、何が入っているかわからないので怖い」という風におっしゃられるので、「中国の漢方薬」と誤用してしまうのは日本人だけではないようです。
漢方の歴史まとめ
かなり駆け足で漢方の歴史などを解説してきましたが、最後にまとめを行いたいと思います。漢方を理解する手掛かりになれば幸いです。- 漢方の起源は中国伝統医学にある
- 中国伝統医学は漢の時代(日本では弥生時代後期)にはその基礎が完成していた
- 日本には奈良時代ごろに本格的な導入が行われた
- 江戸時代から中国伝統医学と異なる発展が加速
- 「漢方」という名前は明治時代に生まれた
- 現在の中国では中医学が発展している
このように漢方の歴史を並べてみると、その歴史もまた「遣唐使」「鎖国政策」「西洋化」といった日本にとってターニングポイントとなる出来事の影響を色濃く受けていることがわかります。
大河ドラマや歴史小説を楽しんでいるとき、その背景に漢方も連綿と生き続けていることを知っていただければと思います。
具体的な漢方薬に含まれる生薬などについての解説は【漢方薬を作る生薬の原料は?民間薬・ハーブとの違い】の記事も併せてご参照ください。