イギリス史の象徴・ロンドン塔と文豪・夏目漱石

ロンドン塔とタワー・ブリッジ、タワー・ヒル

上の橋がタワー・ブリッジ、中央がロンドン塔、右下がタワー・ヒル。ロンドン塔が二重の城壁に囲まれているのがわかる

『吾輩は猫である』で知られる文豪・夏目漱石はロンドン(倫敦)に2年間留学しているが、渡英してまもなくロンドン塔を訪ねて強い衝撃を受けている。その印象を描いたのが小説『倫敦塔』だ。

インペリアル・ステート・クラウン(英国王冠)

ジュエル・ハウスに収められた至宝、インペリアル・ステート・クラウン(英国王冠)

「倫敦塔の歴史は英国の歴史を煎じ詰めたものである。過去という怪しきものを覆える戸帳が自ずと裂けて龕中(がんちゅう)の幽光を二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。すべてを葬る時の流れが逆しまに戻って古代の一片が現代に漂よいきたれりとも見るべきは倫敦塔である。人の血、人の肉、人の罪が結晶して馬、車、汽車の中に取り残されたるは倫敦塔である」(一部現代語に修正) 

そして主人公は反逆者の門(トレイターズ・ゲート)から連行されるさまざまな囚人を見て、処刑されたジェーン・グレイやエドワード5世らを目撃する。

ロンドン塔はイギリス王室の栄光と血塗られた歴史の象徴だ。それは漱石が書くように、イギリスの歴史をまさに煎じ詰めたものなのである。

 

女王陛下の王宮にして城塞・ロンドン塔の歴史

ロンドン塔のホワイト・タワー

ロンドン塔の中央部にそびえる天守塔、ホワイト・タワー。11世紀、ノルマン建築の最高傑作といわれる (C) Bernard Gagnon

ロンドン塔の正式名称は「女王陛下の王宮にして城塞 "Her Majesty's Royal Palace and Fortress"」。ロンドン塔は単なる塔でもなければ牢獄でもなく、王様が暮らす王宮であり、ロンドンを守るための城塞だった。

ロンドン塔とタワー・ブリッジ

夜景も美しいロンドン塔(左)とタワー・ブリッジ(右)。大陸との貿易の要であるテムズ川をおさえるために要衝に築かれた

ロンドンに大きな町が築かれたのは2000年前、1世紀のことで、ローマ帝国がグレートブリテン島に築いた植民都市ロンディニウムにさかのぼる。10世紀までに島で最大規模の都市に成長し、11世紀にはエドワード懺悔王がウェストミンスター宮殿と寺院(いずれも世界遺産)を建設してイングランド王国の中心となった。

エドワードの跡を継ぐウィリアム1世はかなり複雑な家系の生まれ。もともとノルマン人が建てたフランス北部のノルマン公国の領主。つまりノルマン人でフランス人なのだが、エドワードに子供がおらず遠い親戚だったことから1066年にイングランドの王位に就いた(ノルマン人の支配=ノルマン・コンクェスト)。

 

ヨーマン・ウォーダー

衛兵ヨーマン・ウォーダー。給金の一部が牛肉だったことから「ビーフィーター "beef-eater"」の異名を持つ (C) Kenneth Allen

ウィリアム1世がよそ者だったことから政敵も多く、城塞を建設して守りを固める必要があった。この頃、イングランドの建物といえば木造・レンガ造が中心だったが、彼は大陸から巨大な石を輸入してノルマン様式の石造りの城塞を完成させた。

そのひとつがロンドン塔だ。特にホワイト・タワーは当時ロンドン最大最新の建物で、テムズ川の海運をおさえ、イングランド全域に睨みをきかせた。これ以後、イギリス各地の王や貴族たちはロンドン塔を手本に数々の城や宮殿を建設することになる。

 

世界でもっとも有名なホーンテッド・マンション(幽霊屋敷)

反逆者の門

「この門をくぐった者は二度と出ることができない」と言われた囚人用のエントランス、反逆者の門 (C) FASTILY

ロンドン塔といえば幽霊の目撃体験が多いことでも知られている。そのエピソードはイギリスの歴史をよく反映しているので、特に目撃例が多い5人の物語を紹介しよう。

■ヘンリー6世
わずか1歳でイングランド王とフランス王に就任。フランスとの百年戦争、イングランドの内戦であるバラ戦争に破れてエドワード4世に王位を奪われ、ロンドン塔に幽閉されて1471年に亡くなった。暗殺でめった刺しにされたとも、息子の死を聞いて衰弱死したとも伝えられるが、真相は不明。彼の幽霊は幽閉されたウェイクフィールド・タワーに現れるという。

■エドワード5世とヨーク公リチャード
ブラディ・タワー

「血まみれの塔」というおどろおどろしい名前を持つブラディ・タワー (C) Richard Nevell

1483年にエドワード4世が病死すると、息子エドワード5世が弱冠12歳で王位を継ぐ。ところが叔父であるグロスター公リチャード(のちのリチャード3世)はエドワード5世とその弟である10歳のヨーク公リチャードを捕らえてロンドン塔に幽閉。ふたりは「塔の中の王子たち」と呼ばれ、そのまま消息を絶った。ブラディ・タワーやホワイト・タワーでふたりが身を寄せ合って泣いている姿や、塔内を駆け回っている姿が目撃されるという。

■アン・ブーリン
ヘンリー8世の2番目の王妃。もともと王の侍女だったが、ヘンリー8世の寵愛を受けると王妃の座を要求し、最初の王妃キャサリンをおとしめてその座に就く。ところがヘンリー8世はやがて3番目の王妃となるジェーン・シーモアに心変わりしてしまい、アンは姦通の嫌疑をかけられてロンドン塔に幽閉され、1536年に斬首刑に処せられた。首なしの状態で城内を歩き回る姿が目撃されるという。

 

なお、ヘンリー8世の5番目の王妃でアンの従妹であるキャサリン・ハワードも姦通の疑いで首をはねられている。

■ジェーン・グレイ
ポール・ドラローシュ『レディー・ジェーン・グレイの処刑』

ポール・ドラローシュ『レディー・ジェーン・グレイの処刑』1833年、ナショナル・ギャラリー

イングランド史上初の女王。天真爛漫な才女として知られていたが、その血統のためヘンリー8世の娘メアリーとの王位継承抗争に巻き込まれ、16歳の頃、意思に反する形で女王に就任する。しかし9日後にはメアリー側の反攻にあい、ロンドン塔に幽閉されたのち、夫とともに首を落とされた。命日である2月12日に白い衣装を着て現れると言われる。

 

ロンドン塔の見所 1. 数々の塔

バイワード・タワー

バイワード・タワー。かつて手前の外堀はテムズ川から引いた水で満たされており、ブラディ・タワーなどから船で出入りすることができた (C) dynamosquito

セント・ジョン礼拝堂

ホワイト・タワーのセント・ジョン礼拝堂。ウィリアム1世が建設し、2世の時代に完成した (C) Mkooiman

ウィリアム1世が築いたロンドン塔は代々の王たちによって増改築されてきた。その結果、ホワイト・タワーは二重の城壁と堀に囲まれ、城壁の要所要所に敵を弓などで射るための側防塔や、城壁から独立した防御塔が設けられた。現在塔は21あるが、その中から主なものを紹介しよう。

■ホワイト・タワー
高さ27m、36×32mを誇る天守塔。ウィリアム1世が20年をかけて1080年代に完成させ、ヘンリー3世が白漆喰の装飾を施してからこの名が付いた。博物館では王たちの武具や甲冑・マスクなどを見学できる。

 

■ブラディ・タワー
ウェイクフィールド・タワーとブラディ・タワー

道の先、左がウェイクフィールド・タワー、右がブラディ・タワー (C) DIrk Ingo Franke

もともとはヘンリー3世が13世紀に建築した水門。ガーデン・タワーと呼ばれていたが、1585年にノーサンバランド伯ヘンリー・パーシーが自殺してからこの名が付いたと伝えられる。

■ウェイクフィールド・タワー
ヘンリー3世が宮殿として建設した建物で、ヘンリー6世が幽閉されていたことで知られる。拷問博物館として公開されており、拷問用の器具が使い方とともに生々しく展示されている。

 

■ビーチャム・タワー
ビーチャム・タワー

堅牢な城壁を見せるビーチャム・タワー (C) Dirk Ingo Franke

13世紀に内壁の一部をなす側防塔として建設されたが、長いあいだ監獄として使われていた。アン・ブーリンやキャサリン・ハワードらが幽閉され、囚人たちが壁に記した文字や図が残されている。

■ミドル・タワー、バイワード・タワー
ロンドン塔のエントランス。いずれも13世紀にヘンリー3世が建設し、14世紀にリチャード2世によって改築されたもので、堀を挟んでふたつの橋が接続されている。

 

ロンドン塔の見所 2. その他の施設

クイーンズ・ハウス

ハーフ・ティンバー様式(柱や梁などの木材を装飾的に見せる半木造の建築様式)が美しいクイーンズ・ハウス (C) Cnyborg

もともと城塞として建てられたロンドン塔だが、内部に居住施設や武器庫・造幣局・天文台・動物園などが建設され、16世紀ほどまでは王が暮らす王宮としても機能した。ロンドン塔には40を超える建物があるが、塔以外の主要施設や見所を紹介しよう。

■ジュエル・ハウス
ジュエル・ハウス

ウォータールー・ブロックに位置するジュエル・ハウス。王家の宝物は必見 (C) DIrk Ingo Franke

王室宝物館。女王の戴冠式などに使われるインペリアル・ステート・クラウンや、世界第2位の大きさを誇るダイヤモンド「偉大なアフリカの星(カリナンI)」などが展示されている。隣は元フュージル王立連隊の武器博物館。

■反逆者の門、セント・トーマス・タワー
13世紀にエドワード1世によってセント・トーマス・タワーに設置された門。テムズ川から乗り入れるために建設された水門だが、囚人がここから運び込まれるようになったことからこの名が付いた。セント・トーマス・タワーの中世の宮殿にはエドワード1世の居室が再現されている。

 

■タワー・グリーン
タワー・グリーンのモニュメント

処刑場を示すタワー・グリーンのモニュメント。アン・ブーリンやキャサリン・ハワード、ジェーン・グレイらはここで斬首された

重罪人はロンドン塔の北にあるタワー・ヒルで公開処刑されたが、身分の高い王族や貴族は城内のタワー・グリーンで処刑され、多くは隣接するセント・ピーター・アド・ヴィンキュラ礼拝堂に葬られた。

■クイーンズ・ハウス
16世紀にヘンリー8世がアン・ブーリンのために建設した宮殿。アン・ブーリンが処刑直前に幽閉され、エリザベス1世が幼少期を過ごした場所でもある。

 

■ヨーマン・ウォーダー(ビーフィーター)
黒に赤ライン、あるいは赤に黒ラインの衣装をまとった衛兵・看守。ヨーマンは独立自営農民のことで、農民出身の義勇兵が衛兵を務めたことに由来する。現在は退役軍人が務めており、ツアーガイドなども行っている。

■ワタリガラス
ワタリガラス

カラスの中ではかなり大ぶりなワタリガラス

ロンドン塔には野生のカラスもいれば、鳥小屋でワタリガラスも飼育されている。一説によると、17世紀にチャールズ2世が天体観測のジャマになるとしてワタリガラスを駆除しようとしたが、占い師が「カラスがいなくなるとロンドン塔が崩れ、王室は滅亡する」と予言。このため逃げないように羽を切ったカラスをつねに6羽、保護するようになったという。結局、天体観測施設はグリニッジに移された(世界遺産「河港都市グリニッジ」の旧王立天文台)。

 

ロンドン塔への道

ロンドン塔の外堀とタワー・ブリッジ

ロンドン塔の外堀とタワー・ブリッジ。タワー・ブリッジはロンドン塔の景観と調和するように同型式の石造りで築かれた

■エアー&ツアー情報
イギリスの玄関口は首都ロンドン。ANAやJAL、ブリティッシュ・エアウェイズなどが直行便を出しているほか、さまざまな経由便がある。直行便は格安航空券で10万円前後から、ツアーは6日間12万円前後から。

■周辺の世界遺産
国王の獣たち

動物園だった頃の面影を残す国王の獣たち (C) Marco Verch

ロンドンと周辺には「ロンドン塔」の他に「ウェストミンスター宮殿、ウェストミンスター寺院及び聖マーガレット教会」「キュー王立植物園」「河港都市グリニッジ」がある。

いずれもイギリス王家と関係が深く、ウェストミンスター寺院はウィリアム1世をはじめ代々のイギリス国王が戴冠式を行った場所で、宮殿は16世紀、ヘンリー8世の時代までの王宮。キュー王立植物園はその名の通り王家の植物園で、グリニッジにはロンドン塔の天体観測施設を移転した旧王立天文台がある。

 

日帰り圏内に多数の世界遺産があり、直線距離で150km圏内に絞っても「ストーンヘンジ、エーヴベリーと関連する遺跡群」「ブレナム宮殿 」「バース市街」「カンタベリー大聖堂、聖オーガスティン大修道院及び聖マーティン教会」がある。

ロンドン塔のベストシーズン

テムズ川とホワイト・タワー

テムズ川越しに見たロンドン塔のホワイト・タワー

季節は日本と同じで、1年を通じて東京より2~5度ほど涼しい。夏の平均最高気温は約22度、同最低気温は約11度、冬の平均最高気温は約7度、同最低気温は3度前後。

雨は1年を通じて降るが、年間降水量は東京の2/5程度と少ない。もっとも雨が多いのは10~1月の冬だが、東京の冬と同程度。夏はカラッとしていて過ごしやすい。

1年を通じて楽しめるが、一般的にベストシーズンとされるのは寒い冬を避けた春~秋。

世界遺産基本データ&リンク

ホワイト・タワー博物館

ホワイト・タワー内の博物館に展示された銃や剣といった武器の数々

【世界遺産基本データ】
登録名称:ロンドン塔
Tower of London
国名:イギリス(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国)
登録年と登録基準:1988年、文化遺産(ii)(iv)

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