死に至るキラーストレスとは
生きていくうえで避けられないストレス。あまりに多くのストレスが重なると死に至る病を引き起こすことがあります
キラーストレスとは、何か特定の一因子を指すものではありません。一つ一つの影響度はそれほど大きくないものの、多くのストレスが重なることでとても危険な状態に陥ってしまうものを示しています。
では、キラーストレスはどのように死と関係しているのでしょうか。日本の死因のTOP3は、第1位「がん(悪性新生物)」、第2位「心臓発作(心疾患)」、第3位「脳卒中(脳血管疾患)」の順になっています。また、年齢別の死因では「自殺」も上位の死因として上がってきます。これらの死因にどのようにキラーストレスが関係しているのか、以下で解説します。
ストレスが身体に及ぼす影響とは
結論から言えば、死因上位とキラーストレスの関係性は極めて強いといえます。多くの研究で、心臓発作、脳卒中、自殺は、ストレスが原因で発生することが明らかになっています。また、死因第1位のがんも、種類によってはストレスとの因果関係が明らかになりつつあります。今回は、ストレスが複合的に発生することで人を死に至らしめるキラーストレス発生のメカニズムとその対処法についてお話したいと思います。
まず、ストレス関連の一般的な疾患を一覧にしました。こちらをご覧いただければ、ストレスが多岐にわたる症状(ストレス反応)を引き起こすことがわかると思います。
人を死に至らしめるキラーストレスという観点で注目したい項目は、「循環器・内分泌」の領域です。
過剰なストレスを一定期間受け続けると、肥満や糖尿病、高血圧が発病しますが、これらで死に至ることはありません。発病し、動脈硬化が進んでしまった結果、脳卒中や心臓発作(冠動脈疾患)が発症し、死に至るのです。
キラーストレスのセルフチェック法
キラーストレスの話をする上でとても大切なのが、生活上の出来事(ライフイベント)です。私たちは、日々のライフイベントに適応するために心身のエネルギーをかなり使います。それは悲しい出来事だけでなく、喜ばしい出来事であったとしても心身に多大な影響を及ぼします。
また、ライフイベントの内容によって、ストレスを感じる強さが異なります。1967年にHolmesとRaheが『社会的再適応尺度』として43項目を点数リスト化し、整理したのがこの研究のはじまりです。「結婚」というライフイベントを50点と基準にして、その他を0点から100点の範囲で決めていきました。その後、1990年代に大阪樟蔭女子大学の夏目誠教授が、ライフイベント法について研究報告したものが下記の表です。夏目教授のスコアは、日本の勤労者や主婦、大学生、男女を対象に実施していることから、国の風習や宗教、社会的役割、性別によってストレスと感じる得点が異なることを考えれば、我々はこのスコアを目安にセルフチェックを行うのが妥当だと言えるわけです。
このライフイベントのストレス得点を用いることで、ストレス度合いについてセルフチェックを行うことができます。一年間に経験したライフイベントの得点を合計して、どれくらいストレスが蓄積しているかを把握することができるのでみなさんも計算してみてください。
通常の方であれば、合計点が300点代であることが多いのですが、600点を超える場合、全体の21%である高ストレス状態に相当すると考えられます。
産業医として様々な方とお会いした私の経験を踏まえてみても、ストレスが単一要因で不健康状態になるケースは少ないと感じています。不健康な状態や病気、場合によっては死に至るような状態は、「複数」のストレス条件が重なった結果、つまり「キラーストレス」に蝕まれた結果起こっているということを知ることは大切なポイントです。
ビジネスパーソンに関して言えば、「職場の環境変化」、「業務内容や量」、「プライベートの環境変化」の3つが重なると非常にストレスを抱える、つまり”キラーストレス”になる可能性が高いということになります。
実際、ストレスが原因で自殺に至った例では、平均3.9個の危機要因を抱えていていた(69個の自殺の危機要因のうち)という報告もあります(自殺実態白書2013)。
キラーストレスの対処法
それでは、どのようにすれば「キラーストレス」に対処することができるのでしょうか。最近の研究報告で特に効果が高いと言われており、最近話題なものが「コーピング」と「マインドフルネス」の2つです。■ コーピング(ストレス対処行動)
コーピングとは、ストレスに対する対処行動のことをいい、ストレス解消やリフレッシュも含まれます。行動療法や認知療法といった方法もコーピングに含まれ、問題解決をすることを中心に考えるものや、その問題に対する向き合い方、別の見方が出来ないかということで対処する方法があります。
この中でも特に「別の見方」を考えるトレーニング法は、メンタルヘルス研修やレジリエンス研修などでも用いられる有効なストレス対処法です。
どんなトレーニングかと言うと、実際に起こったストレスに感じた出来事を「事実」、「解釈」、「行動」に切り分けて考えてみるというものです。例えば、上司から仕事を頼まれてイラッとしたことがあったとしたケースを「事実」、「解釈」、「行動」に分類していきます。
- 上司から帰りぎわに仕事を頼まれた (事実)
- 無意識に「私に全部押し付けて嫌がらせをしている」というふうに感じた (解釈)
- 怒りがこみ上げてきたので、頼まれた仕事を後回しにしてやらなかった (行動)
このケースに対して「別の見方」をするトレーニングを行うことで、仕事を帰り際に頼まれたという事実に対して、「上司も別の人から頼まれて困っていたのでは?」とか、「自分のことを考えて重要な仕事をまかせてくれたかもしれない」といったように、他の解釈に気づくことが可能になります。
■ マインドフルネス(あるがままの今を生きる)
マインドフルネスは、アメリカのカバットジンの定義に従えば、「今という瞬間に完全に注意を集中するという方法」となります。さらに言えば、「今という瞬間のすべてをすすんで受け入れようとする気持ち」を作るトレーニングと言ってよいでしょう。マインドフルネスは、Google、Facebook、 Nikeなどの企業がストレスマネジメントの一貫として積極的に企業研修に取り入れていることで一躍有名になりました。
マインドフルネスの領域も非常に幅広く、予防から医療まで様々な課題に対して取り入れられた手法です。考え方の基礎となっているのは、1970年代にカバットジンにより禅や瞑想をヒントに身体の痛みやストレスから開放される手法として開発されたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)です。1990年代に入るとマインドフルネス認知療法(MBCT)という認知療法を取り入ることで、うつ病などの認知に関係する病気に対する治療法に発達しました。最近では病気を治すという観点よりも、病気の発生を予防するという文脈でマインドフルネスが浸透してきました。
マインドフルネスはどんなことをするのかと言うと、
- 「呼吸に集中する」
- 「五感に集中する」
- 「アタマからつま先まで注意を向ける」
トレーニングのためのCDやアプリも様々販売されているので、興味のある方は試してみてもよいでしょう。就寝前や起床後、慣れてくると歩行時や食事といったあらゆる場面で、マインドフルネスを実践することが可能です。マインドフルネスは、「こうするべきだ」という価値観や思い込みを解消し、「あるがままの自分を受け入れ、何も評価をしない時間を過ごす」ことで生活が豊かになり、ストレスと上手に向き合うことができるようになります。
そもそもストレスは身体に悪いものなのか?
今回のテーマであるキラーストレスの話をまとめるにあたり、最後にストレスの基本的な考え方について整理をしておく必要があります。ストレス得点の高いライフイベントが重なったにもかかわらず、その対処がうまくできなかった場合、キラーストレスによって健康は害されます。ストレスを過剰に経験すると、不健康になる可能性が高まるにとどまらず、最悪の場合「死」に直結することはこれまでお話してきました。
ストレスで健康を害した人は、「ストレスは悪いものだ」と言います。一方、ストレスを乗り越えてきたビジネスパーソンからは、ストレスはあって良いものだと言われます。一体、どちらが正しいのでしょうか。
ストレスは経験すればするほど健康障害を引き起こし、人生満足度もそれに従って悪化するのでしょうか? この考え方が正しいとすると、「ストレスは避けなければならない」、「ストレスを経験してはいけない」ということになります。しかし、最近の研究によれば、ストレスの経験度と健康障害度は、下記のようなU字になることがわかっています。
当然ながらストレスを経験しすぎると健康障害度も高まり不健康になりますが、逆にストレスを経験しなさ過ぎても不健康になり、人生満足度も低くなることがわかります。
つまり、「キラーストレス」が意味しているのはストレス経験度高にあたる一番右側の状態で発生するものなのです。
人が社会で生きている限り、ストレスを避け続けて生きることは難しいことです。まして、働く世代が会社でストレスをゼロにすることは不可能といっても過言ではありません。「ストレス=悪」ではなく、ストレスはなさすぎても負荷がかかりすぎても人生満足度が低下するというのは、興味深い真実です。人生満足度を向上させるためには、自らをストレッチさせる『ちょっと手が届かないくらいの適度なストレス』が必要不可欠なのです。そうした適度なストレスを楽しみ、うまくつきあえるようになることで、自身は一回り成長し、次のステージで活躍することができるのです。
とはいえ、「キラーストレス」で体調を崩すこと、まして命を落とすことは避けなければなりません。
ライフイベントが重なるタイミングでは、「キラーストレス」の程度をセルフチェックすることで、それ以上のライフイベントを遅らせるなどコントロールすることが肝要です。それでも、過度に負荷がかかる状況に陥ってしまった場合、コーピングやマインドフルネスの技法を有効に活用することで、ストレスを適正化するように心がけましょう。