“浅い呼吸”で演じた
『エリザベート』ルドルフ役
――ルドルフを演じた『エリザベート』(08年)は、伊礼さんにとって初の大作ミュージカルだったのですね。「当初は“帝国劇場”という劇場名すら知らず、“3日後にオーディションがあります、帝劇です”と言われて“どこですか?”“知らないの?”“帝国ホテルは知ってますけど”という会話をしてましたね(笑)。あまりにも、生きてる世界が違いました。(ミュージシャンとして)横浜アリーナや武道館が夢だったから、帝劇と聞いてもピンとこなかったです。でも稽古を重ね、いざ舞台が始まると半端なく緊張しまして、初日が名古屋公演だったのですが、その一か月の記憶は全くないですね(笑)。ルドルフという役は精神的にも追いつめられる役だし、出番は短くても2幕後半に凝縮されているので、幕が開いてからずっと緊張状態で。もう呼吸ができなくて、浅い呼吸で演じていたように思います」
――それがルドルフとトートのナンバー「闇が広がる」に生かされたのですね。
「お見事(笑)、まさにそうでした」
――近年の印象的な舞台として、晩年のジュディ・ガーランドのフィアンセを演じた『End of the Rainbow』(レポートはこちら)があります。ジュディを愛してはいるけれど野心家で彼女を利用している一面も否めない、一筋縄ではいかないお役でした。
『End Of The Rainbow』
――人間臭いキャラクターにリアリティを持たせるのがお得意なのですね。
「得意というか、方向性としては好きですね。もちろん演出にもよりますが、芝居とはいえ、演じるその人物の人間臭いところを見せられれば、自然にリアリティもでると思うんです」
――同じく最近作で、飛行士を演じた音楽劇『星の王子さま』(レポートはこちら)もそういう部分がありましたね。美しいファンタジーの中で、妻との関係がうまくいっていない飛行士には生身の存在感がありました。
『星の王子さま』撮影:岸隆子
現在出演中の『ピアフ』では
シャルル・アズナブール役を好演
『ピアフ』写真提供:東宝演劇部
「ありがとうございます。嬉しいです。(ピアフ役の大竹)しのぶさんは、とてつもない女優さんです。同じ人間とは思えない(笑)。見つめられると、嘘が付けません。もちろんいつも嘘のない芝居をと思っているし、これまでの共演者の方々も素晴らしいけど、しのぶさんは(演技を超越して)最初からそこに“生きている”んです。僕なんかは役を作って行って最終的にそこで生きることを目指すけれど、しのぶさんは最初からそこに生きてる。僕の経験値なりに、あの手この手を試してみたけど何も通用しないので、ヘタな小細工するより素直にただ会話しよう、ということに行きつきました。ただただ、本当に凄い方です」
――劇中、様々な男たちがピアフを愛しますが、その中でシャルルのピアフへの愛はどういうものなのでしょうか?
「難しいですね。あの別れのシーンでシャルルは、仕事を捨ててでも彼女をとろうとします。それは相当な決意だけど、わかる気がするんですよね。家庭で得られる喜びは、一回経験してしまうと、どの世界でも生きていける強さを持てたりするから、どっちをとるかということになれば仕事を捨ててもいいと思う彼の気持ちは理解できます」
――でも、一般的に“家庭”といえば子供を育てるということが励みにも楽しみにもなるけれど、このケースではただただ年上のピアフの傍にいようという選択。純粋に“献身”ですよね。
「そうなんですよね、すごい献身。でもその内面には腹黒いものがあるでしょうね。というのは、ピアフとマネジャーのルイが激しく言い合って、その間に僕が立っているシーンの稽古で、一度あたふたした芝居をしてみたことがあるんです。でもその時、演出の栗山(民也)さんが“何もしなくていい”と、ただ冷静に見守るようにおっしゃった。自分の恋人が殴られそうな勢いで口論しているのに、冷静に見守るなんて尋常じゃない。やっぱりシャルルってそういう人間なんだ、だからこそ今の(スターという)地位があるのかな・・・と想像してしまいました」
――そういうキャラクターだったのですか!
「僕の勝手な憶測ですが。もちろん、ピアフを愛していて、彼女と離れたくないというのは嘘じゃないと思いますよ。ただ、自分が意見をしたところでピアフはそれを受け入れないとわかってるし、それが彼女にとっての幸せでもないとわかってるんでしょう。でも、そういう部分は御覧になる方には見えなくていいと思うんです。僕らはそういうことを心に持ちながら演じているだけですから。お客様はそれをどのように受け取っても正解だと思います」
*次頁では夏に出演予定の『王家の紋章』について、また今後のヴィジョンをうかがいました。