伊礼彼方 82年アルゼンチン生まれ横浜育ち。中学時代から音楽活動を展開し、06年舞台デビュー。以降『エリザベート』ルドルフ、『The Musical AIDA』ラダメス、『アンナ・カレーニナ』ヴロンスキー、『GOLD~カミーユとロダン』ポール・クローデル、『スリル・ミー』彼など、ミュージカルをはじめ、ストレートプレイも多く、幅広い役柄で舞台を中心に活躍中。(C)Marino Matsushima
1920年代のベルリンのホテルを舞台に、様々な宿泊客の人生が交錯する二日間を描いたミュージカル『グランドホテル』。89年のブロードウェイ初演はトニー賞5部門を受賞、日本でも宝塚歌劇団により93年に初演されましたが、06年の男女キャスト版を経て今回、久々の上演が実現しました。昨年『タイタニック』を手掛けた英国の新進演出家トム・サザーランドが演出を担当、REDとGREEN、2班のキャストで臨みます。
そのうち、REDチームで「ハンサムだが借金に追われている男爵」フェリックスを演じるのが、伊礼彼方さん。人間臭い役柄に定評のある彼ですが、『タイタニック』で人間の本質をダイナミックかつ冷徹に描き出したサザーランドと組むことで、今回はどんな人物像を見せてくれるでしょうか。
様々なドラマが交錯する群像劇の中で
“人生初の、真実の恋”に落ちる貴族役を担当
『グランドホテル』
「いわゆる“群像劇”なのですが、それがとても巧みにできている作品ですね。いろんなドラマが花開いたり、散ったりして、ラストに向かっていくんです。ふつう、作品の色って一つであることが多いのだけど、この作品はとてもカラフル。出演者も魅力的な方ばかりなので、みんなで一丸となって、いろいろな色を出していけるといいなと思っています」
――フェリックスはそれまで享楽的に生きてきたのか、ギャングに借金返済を脅されてもどこ吹く風…のように見えますが、引退間近のプリマ・バレリーナ、グルシンスカヤに出会うことで人生が劇的に変わり、作品も大きくうねってゆきます。彼にとっては人生初の“本気の恋”だったのでしょうか?
「そうでしょうね。(借金という)闇を抱えた人間が、やっと本当の恋を知る。その喜びを歌い上げる“Love Can’t Happen”というナンバーもすごく素敵なんですよ。それなのに、フェリックスには衝撃的な結末が待っている。その切なさがこの作品の魅力の一つではないかなと思いますね」
――それにしても、フェリックスは29歳前後、グルシンスカヤは49歳前後ということで、彼はなかなかのチャレンジャーにも見えますが、彼女のどこに惹かれたのでしょう?
「僕は年上好きなので(笑)、(20歳年上って)全然アリだと思います。だって今回僕が恋する(REDチームの)グルシンスカヤ役は草刈民代さんですよ!全然問題ないです、どころかすごく楽しみです。
年上の女性のどこに惹かれるかというのは、その人によって違うと思うけれど、容姿だけじゃなく内面だったり、その方が今まで生きてきた過程だったり。今回の台詞の中にもあるけれど、その女性の皺ひとつに魅力を感じたりもするわけですよ。多くの女性はほうれい線とかを気にされるけど、僕は(整形手術で)直したりしてほしくないですね。目尻の笑い皺とかも好きですし、僕はけっこう年上の女性の味方じゃないかな(笑)。皺の中にあるその人の人生や深さに魅力を感じるんです。そういう深さがありながら、なおかつ女性らしさも保っている方って素敵ですよ。そういう部分に男は魅せられてしまうものだし、フェリックスもきっとそうだったと思います」
『グランドホテル』フェリックス役
「それはあるでしょうね。男にとって、年上の女性が自分に甘えてくれるということはステイタスになると思うんですよ。僕自身、年下の子に甘えられると“面倒見てあげなきゃ”というプレッシャーを感じてしまったりするけど、年上の女性に受け入れられると、男として一つ位が上がったかな~と思えます(笑)。今回のフェリックス役には相当、僕自身の感覚も生かせそうですね」
――グルシンスカヤとの出会いは、フェリックスの中にそれまで無かった、あるいは無いと思っていた感情を呼び覚まします。人生でこれほどの出会いをすることはそうそう、ないと思いますが…。
「僕にはありますね。中学生の頃、僕は自分がハーフだったことで、みんなと外見が違うとか、いろいろな悩みがあったんです。それが友達にバンドをやろう、それもブルーハーツの曲をやろうと言われて聴いてみたら、『青空』という曲があって、その内容が僕の抱えていた闇とリンクしていたんですよ。“皮膚や目の色で僕の何がわかるというんだろう”というような歌詞を聞いて、確かにそうだなと思ってこのバンドの曲にのめりこむうち、音楽に夢中になって、それが後年、舞台に繋がっていったんです。誰しも、いろいろな出会いを通して少しずつ人生が変わってゆくのかもしれないけれど、僕にとってはこの一曲がとても強力な“人生を変える出会い”。だからフェリックスにとってのグルシンスカヤとの出会いの大きさも、理解できる気がします」
――いろいろな意味で、伊礼さんご自身が投影されたフェリックスを拝見できそうですね。
「そうですね。ただ、フェリックスに関してはこの一つの出会いだけでなく、タイピストや会社社長、元会計士ら、その他の人々との出会いによってもころころと運命を転がされてゆくんです。そのうち一人でも出会わない人がいれば、あの結末には辿り着かない。いくつもの奇跡が積み重なってゆくドラマを、共演の皆さんにそれぞれの“色”をいただきながら演じていければ、お客様にもきっと面白く御覧いただける作品になるのではないかと思っています。稽古はまだ始まっていないんですが、演出家と早く話をしたくてうずうずしていますね」
*次頁では伊礼さんの「これまで」をうかがいます。劇場に舞台を観に行くという発想すらなかったという少年時代。そんな伊礼さんがひょんなことから出会ったミュージカルで、「解放」を感じた理由とは?