『アニー』(2016年公演)観劇レポート
幸福感に満ちた物語が問うテーマ
“人は何のために生きるのか”
『アニー』2016年(スマイル組キャスト)
日本で『アニー』を演出し続けて16年。今回が最後だというジョエル・ビショッフさん演出の舞台は、中心にあるアニーのストーリーをしっかりと描きつつ、大富豪ウォーバックスの内面を掘り下げることで、これまでで最も大人の観客へのメッセージ性を感じさせる仕上がりとなっています。
『アニー』2016年(スマイル組キャスト)
孤児院やホームレスの人々が暮らす「フーバービル」での出来事を描く序盤で、大恐慌にあえぐ人々の姿を印象付けた後、舞台はウォーバックスの屋敷へ。そこでクリスマスを過ごすラッキーな孤児に選ばれたアニーは、プールやテニスコートもあるという豪邸に目を丸くし、“ここが大好きよ”と無邪気に歌いますが、出張から戻ってきたウォーバックスは早速仕事に取り掛かり、アニーのことなど眼中にありません。しかし彼女の利発さ、優しさに触れるうち、仕事にかまけて置き去りにしてきた自身の人生を顧みます。養子縁組を申し出るも、アニーが抱く実の両親への強い思いを知り、“二人を探してあげよう”と言った後に何とも寂しげな姿を見せるウォーバックス。演じる三田村邦彦さんの繊細な演技と情感溢れる歌唱によって、観客は“人生の勝ち組”であるはずの億万長者の真実を知り、はっとさせられます。
『アニー』2016年(スマイル組キャスト)
そして2幕後半、紆余曲折の後にウォーバックスは再び、アニーに養子縁組を申し出。大統領にさえ一目置かれる存在でありながら、11歳のアニーに対して“今 孤独に気づかされた 夢 分け合う 人が欲しい”と弱さをさらけ出す姿からは、今ここで変われなければ自分の人生は無意味だ、という彼の必死な思いが伝わってきます。そしてラストの大団円。大勢の人々が歓喜の歌を歌うなかには、幸せをじんわり噛みしめる三田村ウォーバックスの姿が。齢を重ねてきた人物が“まだ、人生をやり直すことができる”と気づいた瞬間の幸福感が、深い余韻を残します。
『アニー』2016年
舞台上では三田村さん以外のキャストもそれぞれに魅力を発揮し、この日のアニー役、池田葵さん(トゥモロー組)は快活さに加え、ちょっとした台詞に利発さと優しさが滲み出、三田村ウォーバックスとの相性ぴったり。遼河はるひさん演じるミス・ハニガンは近年にない色っぽいハニガンで、“美人なのに恋人がいない”彼女の鬱憤がわかりやすく、ウォーバックスの秘書グレース役・木村花代さんは昨年よりさらに優秀なビジネスウーマンの雰囲気で、ミス・ハニガンとは好対照。彼女とのやりとりのシーンでは絶妙な間合いで鋭く突っ込み、笑わせます。ミス・ハニガンの弟で小悪党のルースター役・大口兼悟さんは野性的、男性的なオーラで遼河ハニガンとの姉弟バランスが良く、ルーズベルト大統領役の園岡新太郎さんは絶対的安定感と美声で作品に風格をプラス。劇中劇のヒロイン“タップのスター”役の長江愛実さんもテクニックと華やぎを兼ね備えたダンスで、タップキッズたちとのショーを盛り上げています。
『アニー』2016年(スマイル組キャスト)
物質的には何も持たないが希望に満ち溢れたアニーと、大富豪だが何かが欠落していたウォーバックスの人生を対比させ、鮮やかに浮かび上がるテーマ、“人は何のために生きるのか”。本作を“お子様向けのミュージカル”と思っていた方がご覧になれば、きっと“目から鱗”の『アニー』体験となることでしょう。春の東京公演を経て夏休みには福井、大阪、福岡、名古屋で上演。首都圏在住の方も里帰りの際に三世代で鑑賞、というのもいいかもしれません。