将棋/将棋マンガレビュー

ジャンプの将棋マンガ「ものの歩」にガイドは涙した

将棋ファンの大きな期待を背景に登場した『ものの歩』。そのスタートにガイドは不覚にも涙した。池沢春人が自信を持って世に問う青春熱血将棋マンガ。その作品の魅力をガイドする。

有田 英樹

執筆者:有田 英樹

将棋ガイド

先日お知らせした週刊少年ジャンプ新連載の『ものの歩』。池沢春人、満を持しての作品である。(関連記事)

記念すべき発売日は2015年9月14日の月曜日。私は本屋へ急いだ。もちろん先週からの予約済みだ。こぎれいなレジでジャンプを手にした瞬間、将棋ファンとしての心がはねた。なんとなんと表紙!なのである。『ものの歩』が発行部数240万を誇るジャンプ様の表紙を飾ったのである。

表紙を飾った『ものの歩』

表紙を飾った『ものの歩』

画像は私が購入したジャンプである。他のジャンプとは、ちと違うのがおわかりいただけるだろうか。見た目ではない。私の感激が共鳴する、オーラあふれるジャンプなのである。そういう目でご覧いただきたい。

主人公・高良 信歩(たから しのぶ)が駒を打つ姿。その雄姿を、友人知人家族での回し読み、ラーメン店でのすすり読みなどを含むならば、1000万人を超す(ガイド推定)であろう人間がどアップで目撃するのである。ああ、なんとうれしいことだろう。

 

僕たちは、この盤上に全てを懸ける /信歩
信歩は、さわやかに語っている。今回は、この記念すべき第1回目をガイドし、これからの継読の道しるべとしたい。

将棋を漫画にすることは難しい。将棋という競技の特性が「静」にあるため、熱い戦いの姿が見えにくいからである。かつて、ガイドは将棋観戦を「なぎの海に嵐をみつけるようなもの」と書いたが、ここでも繰り返しておきたい。その点を、池沢はどうクリアしていくのか。最大の難問である、ここに注目した。そして、その手腕に脱帽したのである。少しずつ解説していこう。

愛棋家の心をつかむ

舞台は「かやね荘」という4LDKのシェアハウスだ。シェアしているのはプロ棋士を目指す奨励会員達。はて、かやね?
その名の通り、榧(かや)の駒音(こまね)が鳴り止まぬ不夜城 /『ものの歩』より
多くの方はご存じないかもしれないが、榧と言えば、将棋ファンなら一度は持ってみたいあこがれ、いや垂涎(すいぜん)の盤駒素材なのである。う~む。やるなあ、池沢。ここで、さりげなく、そして、ぐっと愛棋家の心をわしづかみしているのである。この漫画、本格的だぞという予感と期待を抱かせてくれるスタートだ。

監修は橋本祟載

監修はプロ棋士・橋本祟載。若手時代、金髪パンチパーマ姿で、皆を驚かせてくれた棋士である。機知に富んだ派手な発言は話題を呼び、一方で批判も受ける。だが、それもこれも、「棋士ってダサいよね」という、ふと耳にした女性の一言から、あえてとってきた態度であり、本来の彼は真摯・誠実な人柄であるという。そして、何より、将棋が強い。彼こそ「戦士(もののふ)」である。保証しよう。橋本の監修ならば間違いがない。

要領の悪い主人公

信歩は要領が悪い。そのため、第一志望の高校受験にも失敗している。学力が不足しているわけではない。試験問題を解くのに、1問目から順に解いていき、解けない問題をとばすことができないのだ。結果として、時間切れになる。そんな信歩が、ちょっとした手違いから、プロ棋士の卵たちが住む「かやね荘」に引っ越してきてしまった。もちろん将棋は指せない。だが、先住者達の都合で、一緒に住み続けることになってしまう。かやね荘に予期せぬ仲間が増えたのだ。仲間達は信歩に将棋を教え始める。まずは駒の説明である。世話好きの先輩・直井泰金(なおい やすかね)に信歩が尋ねる。
一杯いる歩兵

一杯いる歩兵


この一杯いる……歩兵というのは……? /信歩
一つ前にしか進めない……のろまで不器用な駒だよ。どう思う? /泰金
信歩は頭を抱える。
なんか……自分に似てます。イヤです /信歩
信歩は「歩」という駒に自分を重ねて拒絶する。それまでの人生がオーバーラップする。努力がすべて灰のように散っていった人生。否定し続けてきた自分に、またしても突きつけられる「歩」という自分。見たくない、聞きたくもない。心が揺れる。いや乱れる。

 


最強の駒

最強の駒

そして、「でもね」と、泰金は続けた。
でもね。将棋にはまだルールがある。一歩ずつ……一歩ずつ進んだ歩は、いざ敵陣で金に化ける。(中略) 最強の駒さ。 /泰金

 

微弱な波ゆえに

最弱であり最強……。否定しきっていた自分。最弱の自分。そんな自分も化けることができるのか。もちろん、まだ微弱な波に過ぎぬ感覚。だが、微弱であるがゆえに、耳をすましたくなる隆起もある。泰金の言葉は、まさに「そったくの機」となる。その上で、泰金は重ねる。

天才達はとうに先に行った。これ以上何をがんばればいいと何度も泣いた。全てを投げ出して消えてしまいたい日もあった。それでもここに血まみれで立っているのは、皆……信じているからだ。 /泰金
泰金の目が一点を見つめる。

皆……信じているからだ。「報われぬ努力など無い」と /泰金

信歩の目に涙が走る。幼いときに亡くした母の言葉がよみがえる。
まっすぐ いきなさい /母

その歩が打たれる

微弱な波が、大きく共鳴する。

母さん、初めて見てみたい世界に、行ってみたい方角に出会ってしまいました。自分が選んだまっすぐでも いいですか? /信歩
信歩は将棋という世界の頂点、プロを目指す。戦士(もののふ)の世界へ、その「歩」が打たれたのだ。こうして、なぎの海に嵐を感じさせる作品が出現した。池沢春人に、大きな激励と期待、そして、感謝を送りたい。不覚にも涙したガイドは、来週も、もちろん、走る。


(了)

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追記

「敬称に関して」

文中における個人名の敬称について、ガイドは下記のように考えています。
(1)プロ棋士の方の活動は公的であると考え、敬称を略させていただきます。ただし、ガイドが棋士としての行為外の活動だと考えた場合には敬称をつけさせていただきます。
(2)アマ棋士の方には敬称をつけさせていただきます。
(3)その他の方々も職業的公人であると考えた場合は敬称を略させていただきます。
 
「文中の記述に関して」
(1)文中の記述は、すべて記事の初公開時を現時点としています。
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