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アメリカの医師はどのようにキャリアを決めるのか?(2ページ目)

日本もアメリカも、医師のキャリアは医学部卒業後に決めなければなりません。日本では好きな専門科(内科・外科・精神科・皮膚科など)を選べるのですが、アメリカではそう簡単ではなく、人気の専門科をめぐる競争が卒業前に待ち受けています。また、日本よりも医師のキャリアはより多様です。人気のキャリアであり続ける「医師」という職業は、それぞれの国でどのように捉えられているのでしょうか?

野田 真史

執筆者:野田 真史

皮膚科医 / 皮膚の健康ガイド

アメリカにおける専門科をめぐる競争(マッチング)

専門科の間の垣根がはっきりしていてそのスポットが限られているアメリカでは、人気の診療科ではポジションをめぐって競争が生じます。人気があるのは一部の専門科(specialistと呼ばれます。皮膚科、形成外科、整形外科、耳鼻科など)であり、逆に人気がないのは家庭医(generalistと呼ばれます。家庭医、もしくは一般内科医)です。

一つの理由は給与です。家庭医では平均2000万円ほどの給与ですが、専門科では3000万円以上が平均であることもざらではありません。とはいえ、アメリカの医師がヨーロッパやオーストラリア、日本など他国の医師よりも給与が高いことは有名で、家庭医のレベルでも日本の医師の平均給与を大きく上回っています。

それでは、アメリカの医学生はどのようにして競争の高い専門科のトレーニングを受けるためのポジションを手に入れるのでしょうか。

アメリカの医師

アメリカでは希望の診療科の医師になるための競争が激しい


皮膚科は全米屈指の競争率の高い専門科なのですが、医学部4年間のうち、3年目と4年目の間に1年休みを取り、皮膚科の研究室で研究を行うことが通常になっています。そこで医学論文を投稿し、有名な先生からの推薦状をもらうことで、皮膚科医としてのトレーニングを受けるポジションを得られる確率を大きく上げることができます。

実際、現在私のいる研究施設にも3人の医学生が1年間オフにして研究を行いにきています。所属もコロンビア大学、マウントサイナイ医科大学、ストーニーブルック大学と別々で、ニューヨーク近隣のメディカルスクールから集まってきています。しかも、医学部の4年目に戻った後にもほかの大学の皮膚科を1ヶ月単位でローテートすることで「自分がいかにスマートであり、一緒に働きたいと思われる人材であるか」をアピールしなければなりません。そして、4年目の後半には全米の大学に応募を出し、面接を受け、卒業前に合格通知をもらわなければなりません。

このプロセスは「match」とよばれ、日本の研修制度のマッチングとよく似ています。学生側からどこの病院のどこの科でトレーニングを受けたいかランキングを付け、また病院側も面接した学生の中から採りたい学生を順番にランキングを付けます。そして、お互いの希望がマッチすればその病院で卒後のトレーニングを開始することが決まります。もちろんマッチしないこともあり、その場合は空いているスポットを確認して探すか、もしくはその後にさらに研究を行うことで履歴書を立派なものにして、1年後に再応募するということになります。

アメリカの場合は専門医の有無で3倍以上給与は異なりますし、さらに専門科の差でも2倍程度給与が異なることはよくあります。たとえば、私の友人夫婦の場合は夫が小さな民間病院の放射線科医、妻が大学病院の内分泌内科医でしたが、給与は夫のほうが4倍多いと言っていました。放射線科は内科よりも給与が良く、しかも民間病院のほうが大学病院よりも給与がいいからです。卒後にどの科でトレーニングをするかが生涯給与を決定すると言っても過言ではないので、どの学生もメディカルスクールの間からどの専門科の医者になりたいか早めに決め、そのポジションにマッチできるよう必死です。

日本でのキャリアの決め方

日本ではアメリカのように特定の専門科のトレーニングを受けるスポットが限られている、ということはないので、科をめぐる競争はありません。そもそも卒後に診療科を決める必要はなく、みな同じ一般的な初期研修を2年受けなければなりません。そのため、医学部卒業前には研修を行う病院を選ぶマッチングがあるだけです。2年の初期研修のあとにはどの病院で、どの専門科で診療を行うかを決めなければいけませんが、この場合にも簡単な面接がある程度で、競争は激しくありません。

医学生

日本では競争なく診療したい科を医師が選べる


そして、それぞれの専門科で数年研修を受けることで、専門医の資格がもらえます。しかし、この専門医の有無で医師の診療が制限されることは少なく、非専門医との境界はあいまいです。また、給与の額も専門科ごとの差、専門医の有無での差は日本ではあまりありません。給与の額に左右されず、自分の診療したい科を自由に選べる、という点は日本の良いシステムです。

ただ、専門医と非専門医の境界がはっきりしていないので、認定されたプログラムを終えて専門医を取得する、というインセンティブが日本でははたらきにくいです。トレーニングの質を全米で標準化し、それを受けない限りその専門科の医療はできない、という医師の診療の質を担保するシステムはアメリカのほうが優れていると言えるでしょう。

MDホルダーの医師以外のキャリア

どの国でも医学部を卒業するともらえるMDという学位ですが、アメリカではMDをもっていても医師にならない方もいます。これは日本でも最近増えてきていますが、製薬会社・コンサル・起業などのキャリアを選択する場合です。

アメリカでは製薬会社で開発やマーケティングに携わる医師は多いですし、研究を行って得られた知見をもとに特許をとり起業、ヘルスケア系のIT技術で起業、というパターンもいくつかみられます。研究成果をもとに特許をとり起業した場合には大学や病院にもお金が入るので、 特許取得や起業をサポートする部署があるのが通常です。日本にもその動きはありますが、まだまだ産業との連携はアメリカが強いと言えます。

それではアメリカと日本、総合的にどちらが恵まれていると言えるのかを考えてみましょう。

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