危機遺産リストの変更点

イエメンの世界遺産「サナア旧市街」

イエメンの「サナア旧市街」。2014年9月にイスラム教シーア派の一派フーシ派がサナアを制圧して以来、スンニ派による抵抗運動が拡大しており、6月には空爆を受けて旧市街の一部が損壊した

これまで危機遺産リストには46件が登録されていたが、今回1件が削除され、3件が追加されたため、危機遺産の総数は48件となった。

ここ数年、毎年議題にあがっているオーストラリアの「グレートバリアリーフ」については、港湾やガスプラントの建設見直しや政府の出した2050年までの再生計画が評価されて危機遺産リスト入りを免れた。

また、森林伐採計画が進む「タスマニア原生地域」、世界遺産のコアゾーンで非伝統的な建物の建築が進むタンザニアの「ザンジバル島のストーンタウン」、4月25日の地震で大きな被害を出したネパールの「カトマンズの谷」については、モニタリングや状況報告を続けるものの、やはりリスト入りを回避した。

<危機遺産リストから削除された物件>

■ロス・カティオス国立公園
コロンビア、1994年、自然遺産(ix)(x)、2009年危機遺産登録
本件は、木材の不法伐採や動物の密漁、不法な居住などが横行していたことから2009年に政府が国際的な支援を求めて自ら危機遺産リストへの記載を申請し、認められていた。しかし、当局の努力によりそうした不法行為が著しく減ったことから危機遺産リストからの削除が認められた。

<危機遺産リスト入りした物件>

■サナア旧市街
イエメン、1986年、文化遺産(iv)(v)(vi)
『旧約聖書』の洪水神話「ノアの方舟」で知られるノアの息子たちによって創られたと伝えられる世界最古の街のひとつ。2014年9月にイスラム教シーア派の一派である武装勢力フーシ派がサナアを制圧したのに対し、スンニ派のサウジアラビアを中心に空爆を行っており、6月には世界遺産登録の旧市街が空爆を受けた。

■シバームの旧城壁都市
イエメン、1982年、文化遺産(iii)(iv)(v)
洪水や盗賊から街を守るために、城壁と5~9階に及ぶ高層家屋で囲まれた城塞都市。砂漠から突き出す高層建築群は鉄筋コンクリートが存在しない8世紀に造られており、「最古の摩天楼」「砂漠のマンハッタン」の異名をとる。「サナア旧市街」と同様、シーア派とスンニ派、タリバンやISILなどの第三勢力の争いに巻き込まれている。

■ハトラ
イラク、1985年、文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi)
ローマ帝国に対してパルティアが築いた軍事要塞都市で、ローマ帝国最大版図を築いたトラヤヌス帝らの侵攻を退け、前線基地として活躍した。2015年3月、ISILによって遺跡が爆破され、大きく損傷した。ISILは他に古都ニルムドなども破壊しており、5月下旬に占領されたシリアの世界遺産「パルミラの遺跡」の破壊も懸念されている。

[関連記事]

2015年新登録の世界遺産全リスト 文化遺産 前編

世界遺産「パレルモのアラブ・ノルマン建築およびチェファルとモンレアーレの大聖堂・教会群」

「パレルモのアラブ・ノルマン建築およびチェファルとモンレアーレの大聖堂・教会群」に登録されたノルマン王宮。アラブ太守が建設し、その後ノルマン王に拡張されたため、イスラム・ノルマン・ビザンツ様式が混在している

それでは新しく登録された世界遺産と拡大された世界遺産のすべてを紹介しよう。

リストは文化遺産→自然遺産→複合遺産の順番で、各遺産内はヨーロッパ→アジア→オセアニア→北アメリカ→南アメリカ→アフリカの順に記載した。

なお、世界遺産の日本語名はガイドによる適当な訳なので参考程度のもの。世界遺産とは世界遺産リストに記載された物件を示し、そのリストは英語とフランス語で書かれている。併記の英語名が正式名称だ。

<文化遺産23件+拡大1件>

■ユダヤ再興の象徴、ベイト・シェアリムの墓地遺跡
Necropolis of Bet She’arim: A Landmark of Jewish Renewal
イスラエル、文化遺産(ii)(iii)
2世紀に起きたユダヤ人のローマ帝国に対する反乱、第二次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)の敗戦後に造られた地下墓地遺跡。2~4世紀のあいだ築かれたもので、ユダヤ人の地下墓地としては世界最大規模を誇る。イスラエル北部の都市ハイファの南東に位置し、30以上残る地下墓地は多彩なレリーフやギリシア語・アラム語・ヘブライ語の碑文で彩られており、当時の文化を知る貴重な遺産となっている。

 

■フォース・ブリッジ
The Forth Bridge
イギリス、文化遺産(i)(iv)
エディンバラのフォース湾に架かる全長2.5kmの鉄橋で、旅客や貨物列車を対岸に運ぶ鉄道橋として造られた。三角形を組み合わせたトラス橋で、カンチレバーと呼ばれる片持ち梁でその距離を伸ばしている(カンチレバー橋)。強風や海水の浸食を考慮した非常に頑強な造りで、1890年の竣工ながらいまも現役で活躍している。造りが画期的であるだけでなく、洗練された機能美から、多くの愛好家がいる。

■パレルモのアラブ・ノルマン建築およびチェファルとモンレアーレの大聖堂・教会群
Arab-Norman Palermo and the Cathedral Churches of Cefalu and Monreale
イタリア、文化遺産(ii)(iv)
シチリア島のパレルモ、チェファル、モンレアーレに残るシチリア王国の遺構で、11世紀にフランスのノルマンディー地方から渡ってきたノルマン人たちによって築かれた。構成資産はノルマン王宮とパラティーナ礼拝堂、ジーザ宮殿、パレルモ大聖堂、チェファル大聖堂、モンレアーレ大聖堂、サン・ジョヴァンニ・デリ・エレミティ教会、マルトラーナ教会、サン・カタル教会、アドミラル橋の9件。

■サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路:カミーノ・フランセスとスペイン北部の巡礼路群
※「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の拡大
Routes of Santiago de Compostela: Camino Francés and Routes of Northern Spain
[extension of “Routes of Santiago de Compostela”]
スペイン、1993年、文化遺産(ii)(iv)(vi)
ピレネー山脈からサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂に至る約738kmの道程は「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」として1993年に世界遺産登録された。これに大西洋岸のルートを追加された結果、総計1,500kmの巡礼路と大聖堂や教会・修道院16件の登録となった。なお、関係の世界遺産には「サンティアゴ・デ・コンポステーラ[旧市街]」と「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」がある。

■モラヴィア教会の入植地クリスチャンフェルド
Christiansfeld, a Moravian Church Settlement
デンマーク、文化遺産(iii)(iv)
クリスチャンフェルドはユトランド半島南部に築かれたプロテスタントの計画都市。1773年にモラヴィア教会の植民市として切り拓かれ、中央の教会と広場、東西に伸びる中央道を中心に整備され、郊外には墓地が築かれた。その典型的な家々は黄色いレンガ造りの平屋または2階建て。ファサード(正面)はレンガと木材と窓のコントラストが独特で、赤いタイル葺きの屋根は雪に備えて鋭く尖っている。

■シェラン島北部のパーフォース狩猟景観
The par force hunting landscape in North Zealand
デンマーク、文化遺産(ii)(iv)
「パーフォース」あるいはフランス語で「シャス・ア・クール」とは、ウマに乗り、イヌを使って行う狩猟のこと。デンマークの王たちは銃を使わず、猟犬を用いたこの手法で鳥類やシカ、カモシカなどの獲物を仕留めた。シェラン島北部にはこの狩猟のために王によって保護されていた森があり、ストール・デュアーハウン、グリツプスカウ、イエヤスボーの3つの森とその景観が世界遺産に登録された。

■チリハウスのあるシュパイヘルシュダッドとコントールハウス地区
Speicherstadt and Kontorhaus District with Chilehaus
ドイツ、文化遺産(iv)
シュパイヘルシュダッドとコントールハウスは港町ハンブルクにある商業エリア。前者は19世紀後半から20世紀前半にかけて整備され、運河によって接続された15の地区の中に倉庫群が建設された。後者はそこに隣接するオフィス地区で、数多くのモダニズム建築を内包して1920~1940年頃に繁栄した。特にフリッツ・ヘーガーが設計したチリハウスはシンプルかつ合理的なデザインで、ドイツ表現主義の象徴といわれる。