過去の記憶に苦しみ続ける病「PTSD」
ニュースやドラマで、「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」という言葉を聞く機会が増えてきました。オウム真理教の地下鉄サリン事件の被害者や、東日本大震災の被災者がPTSDで苦しんでいるという報道を覚えている方も多いでしょう。PTSDは、生死に関わるような辛いトラウマを経験した後に発症する病気のことです。最も有名な症状は、辛いトラウマ体験の記憶が何度もよみがえるフラッシュバックでしょう。数ヶ月・数年前の出来ごとであるにもかかわらず、今その体験をしているかのように鮮明な記憶が蘇ってくるのです。
これは、脳の中で過去の記憶が正常に処理されず、現在のことであると認識されているとも解釈できます。
PTSDに対する確立された治療法としては、「認知行動療法」と「EMDR」が挙げられます。認知行動療法ではトラウマ体験の記憶を詳細に話すという患者本人に負担がかかる手続きを含む必要があります。しかし、「EMDR」では必ずしもトラウマ体験を詳細に話す必要がないために、比較的苦痛が少ない治療法として脚光を浴びているのです。
目を動かすと気持ちが軽くなる?
目の前で指を左右に動かし、それを目で追ってもらうことで治療を行っていた
しかし、現在では様々な研究の結果、左右交互の刺激であれば膝を叩くような触覚刺激、音を鳴らす聴覚刺激であっても、同様の効果が得られることが分かっています。まだEMDRについてはなぜ効果があるのかは分かっておらず、様々な研究機関が、その仕組みについて研究を行なっている最中です。
過去の記憶を過去のものにしていく治療法
この両側性刺激を行う中で、トラウマに関連する様々な記憶の変化が起こってきます。例えば、フラッシュバックはほんの数秒の記憶ですが、その前後の内容を思い出すことが非常に多いのです。この前後の記憶の中には、患者本人も忘れていた、自分自身にポジティブな記憶が入っていることが多いのです。例えば、事故にあった後に友達がかけてくれた一言や、車は大破してしまったが大きな怪我はしなかったことなど、様々な記憶がつながっていきます。
実は過去の記憶が正常に処理されていない場合、記憶が断片化していることが心理学的に分かっています。「断片化している」とは、事件のことを部分的には思い出せるが、全て思い出すことができない状態です。EMDRは、この断片化している記憶をつなぎあわせていくことで治療が行われていると考えられています。
EMDRでは、安心できるイメージの中で、トラウマという洞窟を探検していくようなものです。時には、フラッシュバックという障害に会う時もあります。しかし、そのような場合は探検をやめて、安心できる場所まで帰ってくることができます。
PTSDは長期的に症状が残る病気ですが、現代では様々な治療法が提案されています。治療をあきらめないで頂きたいと思います。