世界遺産/アジアの世界遺産

プレア・ヴィヒア寺院/カンボジア(3ページ目)

登るほどに神聖さを増す「聖なる寺院」プレア・ヴィヒア。聖域とされる本堂隣接の断崖から眺める景観は息をのむほど美しく、古代から人々を魅了し続けてきた。神の視線を思わせるその絶景ゆえなのか、寺院や山は世界の中心にあるという須弥山と同一視され、聖地として崇められた。今回は「アンコール」と一緒に訪ねたいカンボジアの世界遺産「プレア・ヴィヒア寺院」を紹介する。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

プレア・ヴィヒア寺院の歴史

第三塔門と第二塔門

右が第三塔門北ファサード、左が第二塔門を守るシンハー像。中央の参道の左右にはリンガ状の石灯籠とナーガが見える

第五塔門から眺める第四塔門

第五塔門から眺める第四塔門

9世紀はじめ、カンボジアを統一してアンコール朝を打ち立てたジャヤヴァルマン2世は、版図の北端であるダンレック山脈のこの地にリンガを収めて国境を定めたといわれている。

9世紀後半、ヤショヴァルマン1世がアンコールの地に王都ヤショダラプラを建設。そしてダンレック山脈にはじめて木造のヒンドゥー寺院を建て、これがプレア・ヴィヒア寺院の前身となった。

その後の王たちは自然の岩や切り出した砂岩・ラテライト、レンガなどを用いて寺院を整備し、特に11~12世紀、スールヤヴァルマン1世、ジャヤヴァルマン6世、スールヤヴァルマン2世らによってほぼ現在の姿に仕上がった。塔門は増改築がしばしば行われていたようで、どの部分がいつ建設されたのか詳細は伝わっていない。

 

第三塔門の宮殿内部

第三塔門の宮殿内部

このように王家の寺院であったが、この山が古くからの聖地であったことから多くの巡礼者を集めていたようだ。

12世紀以降は次第に忘れ去られたが、そのためアユタヤ朝のアンコール朝への侵入などに際しても破壊されることなく残された。現在天井などが失われているが、もともと天井は木造であったため失われたと考えられている。

カンボジアに仏教が広まって以降、中央祠堂に仏像が奉納され、地域の人々に仏教寺院として愛された。

2008年にはクメール建築の傑作として評価され、美的価値を示す登録基準(i)を満たすものとして世界遺産に登録された。

 

プレア・ヴィヒア寺院を巡るタイとカンボジアの領有権紛争

プレア・ヴィヒア寺院山頂からの眺め

プレア・ヴィヒア寺院山頂からの眺め。まさに神の視点。右に見える四角い水色がバライだ

第四塔門北面のレリーフ、乳海撹拌

第四塔門北面のレリーフ、乳海撹拌。アンコールワットの第一回廊で見た人も多いだろう

プレア・ヴィヒア寺院はカンボジア-タイ国境に位置しており、両国は長年自国の所有であると主張してきた。

第二次大戦以前はカンボジアが領有していたが、戦後実効支配したのはタイだった。カンボジアはこれに抗議し、1950年代にはしばしば軍を派遣して牽制し、やがて国交断絶に至る。

カンボジアは1959年にICJ(国際司法裁判所)に提訴。ICJは1962年にカンボジアの主張を認め、タイに軍の撤退を求めた。

しかしながら正確にどこまでがカンボジア領なのか、国境は画定されていなかった。2008年にカンボジアの世界遺産として登録されると、タイ国民は反発し、世界遺産登録に協力していたタイの外務大臣が責任を問われて辞任した。

 

サイドから眺めた第三塔門

サイドから眺めた第三塔門

その後両国は軍を派遣して睨み合い、タイはUNESCO(ユネスコ=国際連合教育科学文化機関)に登録の抹消を提起。2011年には武力衝突が起きて死傷者を出したほか、周辺住民数万人が避難した。

2011年にカンボジアはICJに1962年の判決であいまいだった国境の画定を促すと、ICJはまず両国に軍の撤退を命令。両国はこれに従い、軍を撤退させた。そのうえでICJは2013年11月に判決を下し、カンボジアによるプレア・ヴィヒア寺院と周辺の高台全域の主権を認めた。

こうした混乱と、周辺に埋められた地雷などの懸念から、しばらくプレア・ヴィヒア寺院への観光は中止されていたが、2013年以降次第に再開。日本の外務省も、カンボジアではこの地域にだけ「渡航の是非を検討してください」との危険情報を出していたが、2014年12月にカンボジアの他の地域同じ「十分注意してください」に引き下げた。

 

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