『かにむかし』はさるかに合戦? それともまさかの桃太郎?

皆さんがよく知る「さるかに合戦」は、拾ったおにぎりをサルに騙し盗られるところから始まる母ガニの悲劇と、カニに同情する仲間たちの仇討を描いた昔話です。ところが、今回ご紹介する絵本『かにむかし』はストーリーが少し違っています。母の仇を討つために、子ガニたちがきびだんごを配って仲間を募るのです。「それは桃太郎でしょ!」って突っ込みたくなりますね。桃太郎に酷似したこの絵本は作者の創作なのでしょうか?

時と場所を超えて変化する口伝の昔話の面白さ

昔話絵本『かにむかし』の表紙画像

きびだんごの登場に戸惑う人続出(?)のさるかに合戦ですが……

実は、絵本『かにむかし』では冒頭の「おにぎり」すら登場しません。きびだんごを配るくだりといい、これは一体どうしたことでしょう? 岩波書店によれば、『かにむかし』は「新潟県の佐渡島に伝わる昔話をもとにした木下順二さんの新解釈による再話」となっています。そう聞くと作者の創作が疑われるところですが、どうやらそれは濡れ衣のようです。というのも、江戸時代の猿蟹合戦絵巻にはすでに「きびだんご」の記述があるのです。

昔話は、その内容が絵本のように文字や絵として残されている文学ではありません。長い年月や広い地域を経て、人から人へ口伝で語り継がれたお話です。そのため語り手が意図するかどうかにかかわらず、お話は語られる時と場所によって少しずつその姿を変えていきます。これは、自然な流れであり昔話の宿命でもあります。

猿蟹合戦絵巻の画像

猿蟹合戦絵巻

例えば今回とりあげた「さるかに合戦」でも、きびだんごが使われたり昆布が仇討の仲間に入っていたりと、語られる時代や地域により様々なバージョンが存在するのです。『かにむかし』のお話も、伝承過程で桃太郎の影響を受けているのかもしれませんが、その内容は時代や地域の中で変化した結果であり、これからも変わっていく可能性があるということなのです。

『かにむかし』に関して言えば、作者はお話を変えるどころか昔話の語り口を大切にして文章を書いたように思われます。というのも、方言が使われているばかりでなく、訥々と語りかけるような文章と、たたみかけるようなスピード感あふれる文章の両方がお話の展開に合わせて使い分けられていて、とても読みやすいのです。語り口をないがしろにしていては、このような文章は書けません。

一見創作かと思われるような内容が、実はそうではなくて、昔話の口伝の面白さ・不思議さを伝えているこの作品は、他にも魅力がいっぱいです。仇討物語というお話の骨組みは変わらないものの、牛の糞までがきびだんごをもらって仲間になるなどの、ユーモアたっぷりの展開は子どもたちを飽きさせません。清水崑さんが描く絵も、一見地味ながら、のびやかな筆使いが昔話にピッタリです。「昔話は古くてつまらない」とお考えの方にこそぜひ読んでいただきたい作品です。


【書籍DATA】
木下順二:文 清水崑:絵
価格:691円
出版社:岩波書店
推奨年齢:4歳くらいから
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