『レ・ミゼラブル』観劇レポート
さらに鮮烈さを増した
“名もなき人々”のひたむきな生のドラマ
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
13年に新演出版がスタートし、ドラスティックな変化の見られた本作。2年後の今回、作品の魂として舞台いっぱいに掲げられるヴィクトル・ユゴーの絵画がだいぶ見慣れたものとなるいっぽうで、芝居はさらに練り上げられ、演出においても、演技においてもさらなる深化が見られます。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
例えばオーケストレーション。さらに音に厚みが出るよう、今回は2013年版の譜面に細部で手が入れられているそうですが、筆者の印象では一つ一つの楽器の音が粒だつよう調整され、全体的にはクリアな音に。金管、ハープ等、それぞれに聴かせどころが差し挟まれ、“無名の人々がそれぞれひたむきに生きる”本作らしさを、音においても追求しているかのようです。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
また照明も2年前より一段と暗くなり、とりわけプロローグではジャン・バルジャンの、理不尽な正義のために虐げられ、希望の持てない状況を陰鬱なまでの暗さによって強調。その分、司教に救われ、更生を誓う「告白」で彼を包む白い光には、厳然たる神々しさが宿って見え、バルジャンにとっての“決定的瞬間”がくっきりと浮き彫りにされています。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
登場人物たちの造形もさらに鮮やかなものとなり、アンサンブルは目まぐるしく役を変えつつも、それぞれのキャラクターをわかりやすく表現。例えば、カフェのシーンの学生たちが台詞や行動に滲ませる個性やストーリーは、その後のバリケードでの戦い方、散りざまに自然な形で繋がってゆき、彼らの儚い人生を身近に感じさせます。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
筆者の鑑賞日、プリンシパル陣には今回初参加のキャストが多数。バルジャン役ヤン・ジュンモさんは、帝国劇場が狭く感じられるほど激情ほとばしる「告白」以降、“神の御心のままに”という人生の目的を得て生きるバルジャンを全身全霊で表現。彼のバックグラウンドである声楽は表現技術の一つにとどめ、時には声をかすれさせ歌の枠を打ち破りながら、憤り、悲しみ、慈愛といったバルジャンの内面を、正確な日本語発音で前面に押し出します。それだけに、バルジャンが身を挺してマリウスの命を救い、これで愛するコゼットを託せると安堵した時、彼の歩く姿が一挙に疲労した老人のそれとなる光景には、しみじみとした感慨が。一人の人間が懸命に人生を生き切り、次世代にバトンを渡して旅立ってゆく姿は、観客に深い感動を与えます。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
また今回、ジャベールを初めて演じる岸祐二さんは、かつてアンジョルラス役を雄々しく演じていた俳優。そのためジャベールがバリケードを訪ねて学生たちに「俺も昔戦った」というフレーズには、違う意味で「そうそう」と頷いてしまう観客もいるかと思われますが、“絶対的ヒーロー”のオーラを持つ岸さんがジャベールを大きく、太く演じることで、正義を遵守して生きて来たにも関わらずそれを凌駕するものをバルジャンの人生に見せつけられたジャベールの衝撃、悲劇味がいっそう際立ちます。どちらも男性的で、力強い声質も共通するヤンさん・岸さんは、二つの価値観の相似と対立を興味深く体現している点で“必見”のコンビと言えるかもしれません。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
やはり初登場のマリウス役・海宝直人さん、アンジョルラス役・上山竜司さんは歌声はしっかりしつつも初々しく、理想に燃え、純粋ではあるが処世術を知らない若者の危なっかしさを漂わせています。特に海宝さんは恋に盲目であるがゆえの不器用さも垣間見せ、やはり今回初役である清水彩花さんのコゼットには、どこか彼に母性本能をくすぐられているような気配も。オリジナル・プロデューサーのキャメロン・マッキントッシュが新演出版にあたって狙ったマリウス&コゼットの現代化というのは、こうした“リアルさ”だったのかもしれません。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
このほか、エポニーヌ役の平野綾さんは行動力抜群ながら、マリウスに関してはどうアピールしても思いが届かず、なぜ?ともどかしさが募る娘として演じ、知念里奈さん自身の清潔なオーラとファンテーヌ役の転落人生とのギャップは役の悲劇味を際立たせています。フットワーク軽く“こすっからさ”を体現する萬谷法英さんと、開放的な口跡で、したたかな生き様もからりと陽気に見せる浦嶋りんこさんのテナルディエ夫妻も息がぴったり。この日のガブローシュ役・松本涼真くんもきびきびとして、凛とした歌声です。
『レ・ミゼラブル』写真提供:東宝演劇部
観る人のライフステージによって本作の感動のツボが異なるであろうことは以前の記事でも書きましたが、とりわけ身近な人を亡くしたばかりの人であれば、本作の美しく、力強い幕切れに様々な思いがよぎらずにはいられないのではないでしょうか。バルジャンの艱難辛苦はドラマティックに過ぎるとしても、いつか彼のように心満たされた終わりを迎えるために、自分は今、そして今後何をすべきか。観劇後も永く観客の心に残り、その精神的な支えとなりうる点で、『レ・ミゼラブル』はミュージカル史上並み居る“重要作品”のなかでも、別格の作品であると言えましょう。
(『レ・ミゼラブル』今回の公演ご出演者への過去のインタビュー:
吉原光夫さん、
岸祐二さん、
原田優一さん、
谷口ゆうなさん、
上原理生さん)