11月7~24日=天王洲銀河劇場
『スリル・ミー』
【見どころ】
1924年に実際に起きた殺人事件をもとにスティーヴン・ドルジノフが作詞作曲・脚本を手掛けたミュージカル。2003年にNYの小劇場で初演、05年にオフブロードウェイで上演され、日本では11年に初演。以来、異例のピッチで再演を繰り返している、カルト的人気ミュージカルです。
舞台には俳優二人とピアノ一台。事件から37年後の仮釈放審議会を舞台に、事件当時をフラッシュバックで振り返る形で物語が展開します。ニーチェを信奉する優秀な学生の「彼」と「私」。自らの優秀さを完全犯罪によって立証しようとした「彼」を愛する「私」は、彼が求めるままに誘拐殺人を共謀してしまう……。濃密な空間でドラマティックな歌を交えて描かれる、美しき男たちの破滅への旅。今回は尾上松也さん×柿澤勇人さん、田代万里生さん×伊礼彼方さん、松下洸平さん×小西遼生さんの3キャストでの上演となります。初出演の歌舞伎俳優・尾上松也さん(過去のインタビューは
こちら)と柿澤さん(過去のインタビューは
こちら)組は、『ロミオ&ジュリエット』でベンヴォーリオ×ロミオの盟友コンビを経験済みとあって、阿吽の呼吸の芝居が期待できそう。一途なロミオと違って悪魔的な役どころを演じる柿澤さんにも注目です!
【観劇ミニ・レポート】
『スリル・ミー』写真提供:ホリプロ
舞台上手上方から激しく打ち付けるようなピアノの音色が聴こえ、薄闇の中を下手客席通路から一人の男が歩いて来る。背中を丸めたそのシルエットは、もう若くはない。男は仮釈放審議会の場である舞台中央に上ると上方から降りそそぐ声に応じ、34年前に犯した罪を語り始めた……。
『スリル・ミー』写真提供:ホリプロ
自らの優秀さを証明するため犯罪を愉しむ「彼」と、彼を愛するあまり共謀者となってゆく「私」による、残虐な児童誘拐殺人。当時の状況が「私」と「彼」を演じる俳優によって、丁寧に再現されてゆきます。この日のキャストは「私」が尾上松也さん、「彼」が柿澤勇人さん。松也さんの「私」はナイーブでとっぽく、始終「彼」に翻弄される“良家の子女”をまっすぐに演じ、それだけに終盤のどんでん返しで現れるその「本性」に底知れぬ闇が窺え、引き込まれます。劇中、度々モノローグとして登場する34年後の「現在の私」にも陰鬱な声と姿で鮮やかに早変わりし、さすが一日に何役もこなすのが当たり前の歌舞伎俳優、と思わせるものが。対して柿澤さんの「彼」は舞台に登場した瞬間からキレるエリートの空気をまとい、「私」の人生を狂わせるほどの悪魔的な魅力がふんぷん。彼が甘く、強引に言葉を重ね、少年を誘拐するシーンの再現は、小さい子を持つ身の筆者としては嫌悪感を催すほどのインパクトで、逮捕後、「私」の言葉で一気に露呈する人間的な弱さとの落差が鮮やかです。
『スリル・ミー』写真提供:ホリプロ
通常の舞台ではシリアスな作品であれ、どこかにコミカルな要素を差し挟むものですが、本作ではそれは無し。1時間40分、緊迫のドラマがノンストップで進行します。それがふっと緩むのが、終幕の瞬間。美しい思い出がまぶたに浮かび、「私」が今も抱く思いをつぶやく。その時、舞台を包む緊張は哀しい余韻へと変わり、観客の心に深く刺さってゆきます。シンプルな二人ミュージカルで、限りなく「芝居」の醍醐味を味わわせる舞台(演出・栗山民也さん)。「私」の心に始終寄り添い、そのやるせない思いを表現するピアノ(演奏・朴勝哲さん)の音色も印象的です。
*次ページで『BEFORE AFTER』以降の作品をご紹介します!