ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2014年11~12月の注目!ミュージカル(3ページ目)

深まりゆく秋の空気に冬の寒気が感じられるようになってきました。人恋しい季節には、ロマンティックなミュージカルはいかがでしょうか。今回は『Onceダブリンの街角で』『スリル・ミー』『BEFORE AFTER』『コンタクト』『マザー・テレサ 愛のうた』『金魚鉢』『bare』『劇団四季FESTIVAL! 扉の向こうへ』をご紹介します。開幕後は随時観劇レポートも追記していきますので、お楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

 

【ロンドン版『Once』観劇レポート】

 

ONCE Tour Company ? Joan Marcus

ONCE Tour Company(C) Joan Marcus

ロンドンでの上演劇場はフェニックス・シアター。かつて『ブラッド・ブラザース』をロングランしていたことで知られる劇場です。表通りから小道を廻りこみ、20代とおぼしき女性二人組やドレスアップした中年カップルらの列に並んでエントランスをくぐると、場内にはふだんの劇場ではありえない光景が。舞台上にアイリッシュ・パブを模したセットが組まれ、観客が次々に上っては後方のバーでドリンクを買っているのです。
ロンドンでOnceを上演中のフェニックス・シアター(C) Marino Matsushima

ロンドンでOnceを上演中のフェニックス・シアター(C) Marino Matsushima

何十種類の飲み物があるかわからないほど何でもある本場のパブとは違い、ここでは飲み物はビールやジュースなど数種類に限られていますが、せっかくの体験をせずにおくものか!とばかりに、楽しげに舞台に上がる観客たち。購入後はそのまま立ち飲みOK、舞台から客席を眺めると、意外にこぢんまりとした劇場であることが実感できます。

開演10分前になるとキャストが現れ、アイリッシュ・パブさながらのセッション(人々が各自楽器を持ち寄り、ともに演奏して時間を共有するアイルランド独特の文化)が始まりました。通常、アイリッシュ・パブでは伝統音楽が奏でられることが多いのですが、とっつきやすいようにとの配慮からか、この日の演奏曲はカントリー・ウェスタン調の歌が主体。そつなく楽器をこなすキャストの演奏で場がほぐれたところで、ステージ上の観客は客席への移動を促され、気づけば路上に見立てた舞台の一角で、一人の男がギター一本で歌っています。

恋人の心が離れてゆくのを知り、傷つきながらも強がることしかできない男の、心の叫び。陰鬱で、半ばやけっぱちな歌唱から、それが彼自身の内面を歌ったものであることが見て取れます。もうすべてをあきらめたかのように歌が終わり、いいようのない寂しさの中で男はその場を去ろうとする。と、そこに声がかかります。「その歌……あなたが書いたの?」 客席通路にたたずんでいた人影にスポットがあたると、一人の若い女の姿。誰も聴いていないと思っていた歌を、彼女だけが聴いていたのです。「いい曲だわ」。
Stuart Ward and Dani de Waal from the ONCE Tour Company ? Joan Marcus

Stuart Ward and Dani de Waal from the ONCE Tour Company (C) Joan Marcus

こうして出会った「Guy」と「Girl」。ミュージカルには珍しく、とことん鬱々とした主人公にチェコ移民だというGirlは、彼の音楽のCD化を提案し、励まします。人恋しいGuyはすぐにGirlにキスを迫りますが、実は夫と別居中で子供もいる彼女は、Guyの心の中にいる「昔の彼女」と復縁するべきだと彼に言い、二人の仲は進展しません。ついにGuyは自分のCDを手に、昔の彼女が住むニューヨークへと旅立つことになりますが……。

大方の時間、パブの壁沿いに並んだ椅子に腰かけているアンサンブル・キャストは主人公たちのドラマにあわせ、周囲の人々を演じたり、おのおの手にしたヴァイオリン(アイルランド音楽ではフィドルと言います)やギター等で演奏をしたり。アコースティックな優しい音色が、友情と愛のはざまを揺れ動く主人公たちの心にぴたりと寄り添い、観客はどんどん前のめりになってゆきます。

観ているうちにふと気づかされるのが、この繊細な舞台表現、ブロードウェイでは「革新的」であったようですが、もともと私たち日本の文化においては文学から近年のドラマ、少女漫画、映画等に至るまで、繰り返し描かれてきた、まさに日本人好みの内容。「曖昧さ」や「以心伝心」を求めてきた日本文化は、近年のグローバル社会においては批判ばかりされて来ましたが、もしかしたら今後の世界をリードすべき可能性を秘めているのかもしれません。(言語学から同様のテーマを論じた新刊に鈴木孝夫著『日本の感性が世界を変える』(新潮選書)があります)。
ONCE Tour Company ? Joan Marcus

ONCE Tour Company(C) Joan Marcus

この日の舞台では、昔の恋を引きづりつつも、今、目の前の「Girl」のほうが確かな存在だと思える。けれど彼女の心が今一つ読めず、突き進むことができない……という主人公の複雑な感情を、デヴィッド・ハンター(最近ロイド=ウェバーが催した『JCS』ジーザス役コンテストで、準決勝まで進出)が実にリアルに演じ、見事です。彼が歌の後にもらすため息、ふっとした翳りの表情……。すべてが見逃せません。彼の演技を観た後では、Guy役は歌唱力はもちろん、演技力において相当ハードルの高い役に見受けられます。来日公演は北米ツアーのカンパニーとなるらしく、英国人のスチュアート・ウォード(昨年ロンドン版にも出演)がこの役を演じる予定。どんなGuyを見せてくれるでしょうか。

幕切れでは涙をぬぐう観客もそこここに見受けられましたが、席を立つ人々の表情は一様に優しいものでした。観る人の心に小さな、しかし忘れがたい灯をともす作品。もうすぐ、日本にもやってきます。

【来日公演観劇レポート】

『Once』来日公演より。写真提供:キョードー東京

『Once』来日公演より。写真提供:キョードー東京

筆者がロンドン公演を観たフェニックス劇場より、かなり広いEXシアター六本木。「親密さ」が命の演目だけに、舞台と客席がどんな距離感になるのか、鑑賞前には若干の不安がありました。けれども開演10分前、既にステージ上でアンサンブルキャストの演奏が始まっているシアターに入ると、客席にはロンドンと同じ、好奇心と適度なリラックス感がたちこめています。ロンドン版よりひとまわり大きいにも関わらず、舞台上の「パブ」には観客がぎっしりと上がり、「順番待ち」の列も2本できているほど。

ひとしきり演奏を楽しんだ人々が客席に戻り、芝居が始まると、客席からはしわぶきひとつ起こらず、「Guy」と「Girl」のドラマに集中。(日本のオーディエンスの集中力、素晴らしい!)それにキャストが呼応する形で、絶妙のテンポとメリハリで観客のハートを掴み、いっときも飽きさせません。「Guy」役、「Girl」役ともロンドン版とはかなり(歌い方や「チェコ訛り」の点で)異なり、役者の数だけアプローチも違う作品なのだと感じましたが、最後に切なさと温かさに包まれる点は同じです。
『Once』来日公演、1幕最後の名曲「Gold」のシーン。写真提供:キョードー東京

『Once』来日公演、1幕最後の名曲「Gold」のシーン。写真提供:キョードー東京

今回、来場者に配られるちらしの中にはアイリッシュ・パブの「一杯無料券」が入っていたりもしましたが、開演前の演奏でアイルランド音楽に興味を持った方もいらっしゃるかもしれません。ここで歌われていた「On Raglan Road」は叶わぬ恋を歌った有名な伝統曲で、今回はパパ役の俳優がいかにもミュージカル風に滑らかに歌っていましたが、現地ではしばしば、だみ声のおじいちゃんが味わい深く歌い上げています。大御所バンドのDubliners(ダブリナーズ)以降、様々な歌手による録音もありますので、ミュージカルとはまた一味違ったアイルランド歌唱スタイルを楽しんでみてはいかがでしょうか。


*次ページで『スリル・ミー』以降の作品をご紹介します!
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