愛の不思議とタントラ
カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院のシヴァ・リンガ。リンガは男性器で、下部の台はヨーニと呼ばれ、女性器を模しており、生命力あふれるこの世界を表現している ©牧哲雄
古来、人々はあらゆるところに神を見出した。それは自然の驚異に対してだけでなく、たとえば子供の誕生、愛情、死といった人間活動そのものにも神の恵みと神秘を見た。たとえば男性器や女性器に対する信仰は、古代のエジプトやギリシア、マヤ、日本をはじめ世界中にある。それは愛やセックスの喜びをたたえ感謝するだけでなく、新しい生命や家族愛、人類愛を生み出す「愛」というものの神秘への畏敬・感謝から生まれた信仰だ。
アプサラやミトゥナ、神々の像で埋め尽くされた壁面
こうした性や愛への信仰は、現在の三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)のように性や愛の喜びを制限する信仰よりもずっと歴史が古く、世界的だ。世界各地の諸民族や古代の思想が躍動感に満ちているのは、この世を否定してあの世の生を重視するのではなく、まさにいま我々が生きるこの世界を愛し信じているところからくる。世界最古の信仰といわれる古代インドの地母神信仰やタントラ(タントラ教)はその典型的な形だ。
古代インドの人々は、人類の結びつきの核をこのような「愛」に見る。タントラによると、世の中は男性原理と女性原理からなっており、2種が様々に交わることで宇宙のあらゆるものが生まれてくるとする。このタントラは仏教やヒンドゥー教、ジャイナ教にも影響を与え、仏教は密教として、ヒンドゥー教やジャイナ教ではタントリズムとして融合した。
タントリズムとミトゥナ
壁面いっぱいに描かれたジャイナ教寺院の神々の像。一つひとつの象が極めて精緻 ©牧哲雄
10から14世紀のインドでタントリズムは最高潮に達し、チャンデッラ朝のもとで85ものヒンドゥー教やジャイナ教の大寺院が造られた。寺院の壁面は豊満な女性像アプサラや、セックスの様子を描いた交合像ミトゥナの彫刻で埋め尽くされ、なかには複数でのセックスや、動物と交わっている様子を描いたものまである。
幾何学模様と神々の像が美しいシカラ ©牧哲雄
おそらく古代インドの人々は、あの世や強い戒律などの道徳や倫理こそが対立を生み出すことを、とてもよく知っていた。道徳や倫理同士が「自分こそが正しい」と主張し、争いがいつも正義VS正義で行われることを知っていた。だから、道徳や倫理に生きつつも、その道徳や倫理を絶対視しないでタブーを破ることの大切さもよくわかっていた。彼らの愛は、それほどに深かった。
自分の道徳とか倫理に惑わされずにミトゥナをよく観察してほしい。生命や愛の力は道徳や倫理に対する思想や信仰を超え、全人類が感じ取ることのできる普遍的なものだ。世界遺産のいう普遍的価値を理解するひとつの鍵が、カジュラホにある。