インカ帝国の黄金郷、クスコ市街

1650年と1950年、巨大な地震がクスコを襲う。インカ帝国を滅ぼしたスペインの建造物が次々と崩壊するなか、インカ帝国によって造られたその石組みは何事もなかったように地震に耐え、いまに伝えられている。

インカ帝国といえば多くの人はマチュピチュを連想するが、実はクスコこそインカ帝国の首都であり、インカ帝国の象徴なのだ。今回はそんなペルーの世界遺産「クスコ市街」を紹介する。

太陽の帝国インカの伝説

サクサイワマンから見下ろしたクスコ全景。中央下の広場がプラザ・デ・アルマス。かつてクスコの建物は黄金の帯に覆われ、黄金の庭、黄金の庭石、黄金の神像や黄金のトウモロコシなどによって、街が金色に輝いていたという ©牧哲雄

サクサイワマンから見下ろしたクスコ全景。中央下の広場がプラザ・デ・アルマス。かつてクスコの建物は黄金の帯に覆われ、黄金の庭、黄金の庭石、黄金の神像や黄金のトウモロコシなどによって、街が金色に輝いていたという ©牧哲雄

インカの時代には創造神ビラコチャの神殿だったカテドラル。100年の歳月をかけて大聖堂に建て替えられた。300tの銀でできた祭壇や数百の宗教画が人々を圧倒する ©牧哲雄

インカの時代には創造神ビラコチャの神殿だったカテドラル。100年の歳月をかけて大聖堂に建て替えられた。300tの銀でできた祭壇や数百の宗教画が人々を圧倒する ©牧哲雄

伝説では、太陽神インティ(一説では創造神ビラコチャ)は、その息子マンコ・カパックと娘ママ・オクリョを地上に遣わした。

マンコ・カパックはチチカカ湖の「太陽の島」に降り立つと、インティから与えられた金の杖タパク・ヤウリを投げた。杖がさした場所こそ大地のヘソ=クスコだ。マンコ・カパックは洞窟を通ってクスコを訪れると、太陽の神殿コリンカチャを建設し、同時に太陽の民衆インカを創造して大帝国を創り上げた。インカ帝国だ。

最盛期にはコロンビアからチリにいたる広大な領土を治めたインカ帝国は、総延長40,000kmに及ぶといわれる幅約6mのインカ道(カパック・ニャン※)を張り巡らせ、帝国を飛脚「チャスキ」で結んだ。その中心に君臨したのがクスコだ。

※インカ道は「アンデス道路網、カパック・ニャン」の名前で世界遺産に登録されている