相手を意識したコミュニケーションを

メッセージの発信者側にありがちな「伝えたから伝わっているはず」という思い込み、これは妄想に過ぎません。伝わるということ、つまりコミュニケーションが成立するかどうかは受け手に委ねられているからです。受け手がメッセージを正確に受け止め、理解することができなくてはコミュニケーションが成立したとは言えないのです。
伝わっていない苦悩の表情

伝えたから伝わっているはずは妄想



相手に行動してもらおうと思ったら、そのメッセージに共感し具体的なイメージが伝わってやっと行動に結び付くのです。発信者側が伝えたと思っていても相手に伝わらないことの方がむしろ多いのかもしれません。その際、なぜ伝わらないのだろうと相手に非があるように思うことがあるでしょうが、むしろ伝わらないのは「伝えきれていない」と発信者側に非があることの方がほとんどなのです。

「全員に伝わることはない」という真実

社内コミュニケーションの要、社内報を例にとってみましょう。担当者の「全員に社内メディアを読んでもらいたい」という思い、それはそれで間違ってはいません。会社の経費を使って最大限効果を上げるのが責務ですから、全員に読んでもらわなければなりません。しかし、全員にメッセージが伝わるかというとそれはほとんど不可能です。

確かに「知る」というレベルであれば、普通の日本語で書かれているのであれば伝わるでしょう(読んでくれればという前提ですが)。その上の「理解する」というレベルになると、メッセージを受け取る側が持っている情報量と理解力が問題となります。社内報を制作する広報部目線で書かれてしまうと、現場社員が理解できるかどうか心もとない場合があります。

「共感する」というレベルになりますとかなりハードルが上がります。共感にはその人の価値観や人生経験が大きくものを言ってくるからです。その価値観等の理解が発信者側にあれば伝わるメッセージとなるでしょうが、丸腰で発信して共感に結び付けるのは至難の業です。結果として、共感することにより行動してもらう、そのレベルまでには到達しないというのが実際のところです。

問題となるのは、社員の中に誰一人として同じ人間はいないという事実です。興味関心、価値観が異なります。職種、業種、状況も異なります。持っている情報量、前提知識が異なります。先に記したように、コミュニケーションは受け手により成立します。ですから、本当に伝えようと思ったら相手の状況に合わせたメッセージの発信が必要となります。十人十色の社内に向かって同一のメッセージを流したところで、全員に伝わることはほとんど無理ということが理解できるでしょう。