文化依存症候群は症状の発現様式に文化の影響が大きいため、外部の人にはその地域特有の現象のように見えやすいでしょう。その一つ、ルートワークはアメリカの南部で見られることがあります。
例えば、もしお腹がいたくなってしまったら、平成の今ならば、食べ物の何かにあたった、あるいはより科学的な見地から、何らかのウイルス、あるいはストレスを思い浮かべるでしょう。しかし、江戸時代の人ならば、もしかしたら仲の悪い誰かに悪い念じをかけられたからだと、簡単に解釈してしまう可能性もあるかもしれません。
実際、何か悪い事が起こると誰かのせいにしてしまう事は、人の性質の一面なのかも知れません。もし文化的背景から、呪い袋を身近に置かれると心身に不調が起こると信じていた人が、実際にその状況に置かれたら、その恐怖に自分を見失ってしまうでしょう。これが文化依存症候群の一つ、ルートワークです。今回は、この文化依存症候群を詳しく解説します。
主に米国の南部で見られる、ルートワークという病
ルートワークは米国の南部、特にミシシッピー川流域で見られるもので、アフリカ系米国人、ヨーロッパ系米国人、そしてカリブ海系のコミュニティなど多様な人種で見られます。ルートワークで見られる呪い袋で呪いをかけるという行為は、いわゆる黒魔術的な事柄ですが、そのルーツは数百年前から続くアフリカ的な文化要素にあります。キューバやハイチといったカリブ海諸国からの文化的影響もありながら、キリスト教などのヨーロッパ的な要素がミックスしたもので、一般的には迷信だと見なされています。しかし、地域の一部の人たちの間では、それが迷信ではなく一種の文化として心に深く根付いてしまっています。
実際にこの日本においても、わら人形にくぎを打ち込み、憎い相手を呪う、そして、その相手はくぎを打ち込まれた場所から病気になっていくといった話は、ルートワークに類似性があると思います……。もしも夏の夜の怪談で、それを聞いたりすると、恐ろしさに思わず冷や汗が出てしまうでしょう。
ルートワークの症状は不安症状、悪心、嘔吐、下痢……そして死の恐怖も
もし、自宅の寝室でベッドの下に呪い袋を発見したら? 通常、あり得ないような想定ですが、きっとぞっとするのではないでしょうか。場合によっては、自分に敵意を抱く誰かに思い当たり、身に危険を感じてしまう場合もあるかも知れません。もっともこれが、ホラー映画の場面であれば、これから怖い事が起こりそうな予感を覚えて、ワクワクする人もいるかも知れませんが、もしこれが現実に起これば、とても映画を見るような気分ではいられないはずです。誰かに呪いを掛けられた事に気付いた時、その人が受ける心の衝撃は大変なものでしょう。あたかも自分に敵対する誰かに毒を盛られたような気持ちになってしまうのではないでしょうか。実際、ルートワークは悪心、嘔吐、下痢といった身体的症状も現れやすい病です。場合によってはこのままでは、その相手から呪い殺されてしまうと、極端な死の恐怖を覚える場合もあるようです。
そしてその程度によっては心身が衰弱し、周囲の目にはあたかも呪いのスイッチが入ってしまったかのように、突然自分が自分ではない状態になあります。例えば、その間、犬のような吠え声を上げ続けてしまうといった場合もあるようです。
呪いを解くのはルートドクターと呼ばれる地域の治療者
もし、こうした症状が現われるようならば、精神科的な対処も必要になってくるでしょう。そこで行われるルートワークの伝統的な治療法は、ルートドクターと呼ばれる地域の治療者が、その人にかかった(あるいはかかったと信じている)呪いを解く事です。自分に呪いを掛けた相手の声が聞こえてくるなどといった症状は、薬物療法でコントロールできるでしょう。しかし、その原因が呪いを掛けられた事にあると信じている以上、ルートドクターに呪いを解いてもらわないと、たとえ治療によって症状が消失しても、治った事を本人が認めないのではないでしょうか。実際、ルートドクターに呪いを解いてもらうと、心身の不調から良好に回復するケースが少なくないようです。また、一般に文化依存症候群は、医師を始め医療機関の従事者が地域の伝統的な治療者と連携して治療を行っていく事が、より効果的な治療法だとされています。
今回は文化依存症候群の一つ、ルートワークを詳しく紹介しましたが、私たちにも時に心身の不調を不合理的に解釈したくなってしまう時が、あるかも知れません。例えば、職場で急にお腹が痛くなってしまった時、朝、道で見知らぬ黒ネコが自分をじっと見つめた事が関係しているような気がしたら……それは心が疲れているサインでしょう。その際は心身を充分、休ませるといった事も是非考えてみて下さい。