伊勢うどんが知られる前は、よくお客様に怒られました……
ふんわり極太麺に黒いタレ。ああ、魅惑の伊勢うどん!
「この1、2年、東京でも伊勢うどんが知られるようになってきて、本当にうれしいです。ウチでは、お店を始めた20年前から、ずっと伊勢うどんをお出ししてきました。でも、まだ伊勢うどんが知られていないころは、『おかみさん、なんだよこの茹ですぎのうどんは』『こんな真っ黒なタレなんて食べられないよ』と、よくお客様に怒られましたね」
板橋区小竹向原で「魚菜酒房 樽見」を切り盛りする樽見千奈美さんは、感慨深げにそう語ります。太くてふんわりやわらかい麺に、たまり醤油をベースにしたタレをからめて食べる伊勢うどん。最近でこそ三重県以外でも知られるようになってきましたが、少し前まで「うどんはコシ」というイメージが強い関東の人にとっては、想像を超えた「とんでもないうどん」でした。
いつも明るいおかみの樽見千奈美さん
もちろん、未知の味を大らかに受け入れて「これはこれでおいしい」と喜んでくれるお客様もたくさんいましたが、時に怒られることがあっても、樽見さんは伊勢うどんを出し続けます。「ふるさとの味をたくさんの人に知ってもらいたい」という思いを込めて。
樽見さんは伊勢うどんの本場であり聖地である三重県伊勢市出身。しかも、ご実家はかつてうどん屋さんを営んでいました。
「いつも学校から帰ってくると、じいちゃんがうどんを作ってくれて。もちろん伊勢うどんです。それが、とってもあったかくって、おいしくて。中学で部活をしてる頃なんて、うどんだけじゃ足りないから、残ったタレにごはんを入れて食べてました」
「小竹向原に伊勢うどんを出してくれるお店がある」という噂を聞きつけて、最初に「樽見」を訪れた数年前、伊勢うどんを食べ終わったタイミングで、おかみさんに「ごはん、いかがですか?」と聞かれたのは衝撃的でした。お腹いっぱいでしたが、勧められるままに白いごはんを足してもらって食べると、おお、揚げ玉とタレがご飯にしみ込んで、天丼みたいでウマイ!
豆知識ですが、おかみさんの中学時代の部活はソフトボール部で、高校時代の部活はチアリーダー部。野球の強豪校で、甲子園のアルプススタンドに「出場」したこともあるそうです。
メニューでも「白ごはん」をオススメ
伊勢市の隣りの松阪市に生まれた私は、伊勢うどんのことはそれなりに知っているつもりでしたが、ごはんとの深い関係には思いが至りませんでした。伊勢の方にお話を伺うと、伊勢うどんをおかずに白いごはんを食べたり、あとでごはんを入れたりなど、「ごはん&伊勢うどん」の組み合わせは根強い人気があるようです。あとでごはんを入れることを指す「追いめし」という言葉もあるとか。
「樽見」の自慢は、伊勢うどんだけではありません。もちろん、ふんわり仕上げの伊勢うどんは絶品ですが、魚も野菜も旬の厳選した素材を使った丁寧な料理は、どれを食べても大満足です。住宅地の真ん中という立地にもかかわらず、料理とおかみさんの人柄に引き寄せられたお客さんで、連日満員の大盛況。
「たくさんのお客様が伊勢うどんを注文してくださって、おいしそうに食べていただいている姿を見るのは本当に嬉しいです。天国に行っちゃったじいちゃんにも見せてあげたかった。いや、きっと見てくれてますよね。これからもがんばります」
おかみさんの郷土愛や家族愛、そしてお客様への愛がたっぷり詰まった伊勢うどん。伊勢に行ったことがある方もない方も、ぜひ味わってみてください。
■魚菜酒房 樽見
住所:東京都板橋区小茂根1-10-17
TEL:03-3959-0885
営業時間:17:00~23:00(L.O.22:30)
定休日:月曜
備考:伊勢うどん600円
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