「自由な魂への憧憬」を描く
ミュージカル『カルメン』観劇レポート
『カルメン』写真提供:ホリプロ
『カルメン』写真提供:ホリプロ
荒野を渦巻く風の音に続き、切り絵のような鋭角的なポーズをとり、黒い影として映し出されるジプシーの一団。スクリーンが上がると生身の彼らは、フラメンコの歌唱、カンテに乗って動き始めます。ほかの女(香寿たつきさん、妖艶)に男を取られそうになり、ためらわずにナイフを振り上げる女、カルメン(濱田めぐみさん)。ジプシー集団の中でも際立って野性的な彼女の、猛獣のごとき本能を無言の舞踊劇の中で見せるこのプロローグが滅法格好良く、まずは心を掴みます。
『カルメン』写真提供:ホリプロ
カルメンを演じる濱田めぐみさんは本公演のためのインタビュー(本稿2ページ)で、被差別民に生まれた彼女のバックグラウンドをふまえ、表現することを抱負にあげていました。その彼女演じるカルメンは男の目の前で果実を齧っては誘惑し、歯の間につまったものを人前で指で取り出すなど、想像を遥かに超えたワイルドさ。
にも関わらず、この女に出会ったホセ(清水良太郎さん)は、誰の束縛をもよしとしないその生き方に、婚約者がある身にも関わらず強く惹かれ、最初は身を守るために誘惑したカルメンのほうも、これまで出会った男たちとは違う「理解者」のホセに引き寄せられてゆく。民族や身分といった属性を超え、人間としての本質的な部分で惹かれあう二人の愛は、ケルト神話よりさらに古代の「半身信仰」(人は生まれるにあたり二つに引き裂かれ、残りの半身に出会うまでずっと愛の狩人であり続ける)を思わせます。
『カルメン』写真提供:ホリプロ
状況は二人の愛を許すはずもなく、物語は悲劇的な結末を迎えますが、その(一瞬、メアリー・ランバート監督の映画『シエスタ』を思わせる)エピローグは、名もない一人の女の中の、たとえ何度輪廻転生しても変わることのない、自由な魂を描写。ひとりで生まれ、また死んでゆく覚悟とそれゆえの切望を歌った「もしもかなうなら」や幕切れの「自由を抱いて」を、濱田カルメンが強く、濃く、豊かに歌い上げることで、本作はただ悲恋の様子を追うのではなく、一つの「強靭な魂」の物語として昇華されていると言えます。
『カルメン』写真提供:ホリプロ
もう一人、興味深かった人物がホセの婚約者カタリナ(大塚千弘さん)の叔母で、市長(別所哲也さん)の姉でもあるイネス。環境は異なりますがリベラルである点でカルメンとある種合わせ鏡的な存在で、演じる香寿たつきさんがコミカルな芝居の中にふくよかな人間性を見せ、魅力的です。