ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

Star Talk Vol.10 濱田めぐみ、"裸の心"で役を演じる(2ページ目)

数々の大作の本邦初演でヒロインを演じ、日本を代表するミュージカル女優の一人である濱田めぐみさん。その彼女が、また一つ新たな日本初演作品、『カルメン』に挑みます。作曲家ワイルドホーンによる斬新なカルメン像に、どう息を吹き込んでいるのか。濱田さん自身の生きざまが覗く、“裸の言葉”のインタビューをお届けします!*観劇レポートを追記掲載しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


人間の“本能”を問う『カルメン』劇

――ではいよいよ、新作『カルメン』についてうかがいます。本作はメリメの小説が原作ではありますが、ビゼーのオペラ版などよく知られたバージョンとは違って、ヒロインが人生の目的を見つけ、そのために命を懸ける“自己実現”的なストーリーですね。既に本読みが始まっていらっしゃるそうですが、作品にはどんな印象をお持ちでしょうか?
『カルメン』写真提供:ホリプロ

『カルメン』写真提供:ホリプロ

「海外版の舞台も映像も観ていなくて、手がかりは台本と音楽のみなのですが、すごく素朴で人間的で、ごてごて飾り付けるのではなく、人間の本質の部分を持ち出そうとしているなというイメージですね。(奔放で男を誘惑する女という)カルメン像について、現代の女性はもしかすると反感を持つかもしれませんが、原作に描かれている1830年代のジプシーの状況というのは、流浪の民で定職を持たず、貧困のなかさげすまれ、自由がない。生まれた時から死ぬまでそこに置かれて生きなければならないという、想像を絶するものです。そこでカルメンが何を渇望していたのかを、自分の中で感覚としてとらえた上で、しっかり表現したいと思っています。人として生まれながら、最低限の人権すら剥奪されたところで生きている人たちの怒りだとか憤懣、ピュアな欲望というのが舞台上に溢れていて、そこでの嘘のない生き方と言うのが表現できた時に、ご覧になった方がそれぞれ感じて下さるものがあるのではないかと思います」

――終盤、カルメンのソロの歌詞に“自由”という言葉が出てきますが、それは現代人の感覚とは比較にならないくらい重い意味を持っているわけですね。

「何をもって“自由”と言うかですよね。彼らは人としてカウントされてない、ということはいつ殺されても誰も咎めない。いてもいなくても同じ状態で定職がないわけですから、盗みを働くこともあったかもしれないし、男性に対しても本能で男の本能を動かそうとする。表現としては強く見えるかもしれないですね。(遊びでじゃれ合うのではなく)もっと深いところで絡まっているのかなと思います」

――ナンバーの中で特に胸に刺さるものはありますか?

「カルメンの(自分の生き方を歌う)ソロ“もしも叶うなら(If I Could)”は特にいいですよね。彼女は常に孤独で、だからこそ人の肌を求めるけど、それがすべてではないと分かっていて、所有はされない。女である武器は使うけれど自分が求めているのはそこではない。……動物的、本能的ですよね、説明はいらない。求めていた生き方をしたらこうなったということなのでしょうね。ホセという、魂レベルで繋がれる人とは出会ったけれども、それも一つのきっかけでしかなくて、生まれ変わりがあるならまた彼女は自分のやりたいこと、権利を求めて生きていくのだという、独特の感性が歌われています。日本人にはなかなか理解しにくい感性がベースにあるので、1か月の稽古期間をかけて、私がどれだけ理解してパフォーマンスに滲み出していけるか。稽古をしながら、その時、その時に芽生えてくる自分の本能的な感覚をキャッチし続けていきたいです」

――そのためには共演者との化学反応も大切になってくるでしょうか。

「それは大事ですよね、それが無いと次が無いですね。心に幕を張った状態で稽古してても進まないと思うんですよ。演出家の小林香さんも、緊張したり頑なにポーズするのはやめてくださいとおっしゃっていました。とにかく何でも言い合って自分を出して、そこからやっていきましょうということで、スタイルでは入っていけない世界を作りたいんじゃないかと思います。ホセ役の清水良太郎さんは、大きなミュージカルは初めてですが、吸収がものすごく速い。これまで本読みを二回やっていますが、二日目は全然違っていました。彼との愛がどんな愛になるのかは、現時点ではまだ未知数ですが、立ち稽古に入ってどんどんお互いをさらけ出していくうちに、人生のベースにあるものが響き合って一つの形になっていくのでしょうね」

――小林香さんはどんな演出家ですか?
「青写真をしっかり持っていらっしゃって、それをいろんな語彙を使っていろんな方向からキャストに的確に伝える方です。今はどういうシーンで、何が足りないので何を準備してきてほしいといったことを確実に伝えて下さるので、すごく分かり易いです。どのようなタッチの芝居を求められるのか、立ち稽古に入ってゆくのがとても楽しみです」

“ワイルドホーンの楽曲”という難所

――作曲はフランク・ワイルドホーン。濱田さんは『ボニー&クライド』『ジキル&ハイド』『アリス・イン・ワンダーランド』『モンテ・クリスト伯』等で彼の作品を歌ってこられましたが、これまでの作品と比べて本作の音楽はいかがですか?
『ジキル&ハイド』写真提供:ホリプロ

『ジキル&ハイド』写真提供:ホリプロ

「彼の場合は、作品があって(それに合わせた)音楽を作るというより、メロディが先にあるんです。もともと持っているメロディを作品に入れこむ時にアレンジしていくので、どの作品にも彼のテイスト、世界観というのがあって、アレンジによってボサノバ風になったりフラメンコ風になったりするのですが、彼のもともとのメロディラインには、独特なものがありますね。抒情的で日本の歌謡曲を思わせる部分もあって、日本人の心にフィットします。だからといって歌いやすいかと聞かれると、慣れてはいますが、決して歌い易くはないです。半音攻めとか、どんどん転調したりロングトーンで伸びたりと、“ここでこんな難しいことを入れてくるか!”ということばかりですね(笑)。メロディのあちこちに遊びが入っていて、覚えるのも大変ですけど、そこがうまくいくときっと彼が思い描いている、こまかいニュアンスがきっちり出る。そこがいつも苦労します。彼の歌は体力も必要で、彼とは作品ごとに“僕の歌は体がしっかりしていないと歌えないよ。ジョギングしてる?”“してるしてる!”“OK”という会話があります」

――ワイルドホーンは歌い手にあわせて曲を書き変えることもあると聞いています。
『モンテ・クリスト伯』写真提供:ホリプロ

『モンテ・クリスト伯』写真提供:東宝演劇部

「ありますね。だいたい、すごく難しい方に変わります(笑)。『アリス・イン・ワンダーランド』の時にも音の伸ばしをこうしたらみたいなことはあったし、『モンテ・クリスト伯』の時にも変わりましたね、3分の1ぐらい。私の歌い方をご存じなので、“ここ、こういうふうに変えられるでしょ”とおっしゃることもあるし、“本当はここ転調して音を倍伸ばしたかったけど譜面には書けなかったんだ”というようなこともありました。舞台開幕の前日に変わったこともありますが、一番思い出深いのはブロードウェイでの、彼の楽曲集のCD録音。『ジキル&ハイド』のルーシーのナンバーでしたが、ピアノ伴奏に合わせて歌って、ギターやドラムは後から録音するので、いくらでも試せるんですよ。一つの小節をだいたい5パターンくらいのメロディで30回位録音するので、聴いたら一瞬で終わるんですけど、曲の後半を録るだけで半日かかるんですね。“そこはこの音、このハモリで”“今度はこの音、このハモリで”ということをやっているうちに混乱してきて“ちょっと休ませて~”(笑)。でも、(ワイルドホーンの関係者たちは)それが瞬時に出来て当たり前の人たちなので、求められるレベルはものすごく高いです。そうした技術をクリアした上で、気持ちを乗せて歌うのは大変です。フランクの中には役の人物像も明確にあってこう歌って欲しいというものもあるので、“それは分かってます、やります。でももうちょっと待って”と思いながら取り組んでいます」

――現時点で、『カルメン』をこういう舞台にと思い描いているものはありますか?

「お客様が観終わった後、心に何か熱いものがどんと残ったり、深く刺さったりして、“もう一回観たい、この世界に入ってみたい”と思えるような舞台にしたいですね。人として懐かしいというか、人間の本質に触れられたなという、深い感動。何かが自分の中でぐわっと動くような作品になったらいいなと思っています。この世界観に浸ることによって、今後の生活の中で、もっとシンプルに、もっと素直に生きてていいのかなというヒントが見えてくるといいですね。

演じる側としては、きっと皆がすべてをさらけ出す、赤裸々で恥ずかしい稽古場になると思うんですよ。でもそれを舞台に乗せた時に、嘘のない、いわば原始に近い(人間たちの)舞台になるといいな。今までの舞台とはちょっと異質な、エンターテインメントというより、必死に生きている人間たちを観ていただくような舞台になるのかなと思います。役者たちがそこで何を感じ、それによって起きるドラマにどう反応していくかを、リアリティを持ってお見せできれば。そこで重要になってくるのが、キャラクターの情報源であって、今回は1830年代のスペイン、人種差別がある中で生きる人たちの葛藤を大切にしていきたいです」

*次ページでこれまでのキャリアについて、そして濱田さんの演技観……人生観を語っていただきました。
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