紛争事例から見る固定残業手当
通常の労働時間の賃金と時間外労働手当額に明確な区別が必要です
1.高知県観光事件判決(平成6.6.13 最高裁判所第二小法廷)
【判示事項】
タクシー運転手に対する月間水揚高の一定率を支給する歩合給が時間外及び深夜の労働に対する割増賃金を含むものとはいえないとされた事例
【裁判要旨】
タクシー運転手に対する賃金が月間水揚高に一定の歩合を乗じて支払われている場合に、時間外及び深夜の労働を行った場合にもその額が増額されることがなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別することもできないときは、右歩合給の支給によって労働基準法(平成五年法律第七九号による改正前のもの)三七条の規定する時間外及び深夜の割増賃金が支払われたとすることはできない。
2.テックジャパン事件(平成24.3.8最高裁第一小法廷)
【判示事項】
基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において,使用者が,各月の上記一定の時間以内の労働時間中の時間外労働についても,基本給とは別に,労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの)37条1項の規定する割増賃金の支払義務を負うとされた事例
【裁判要旨】
基本給を月額41万円とした上で月間総労働時間が180時間を超える場合に1時間当たり一定額を別途支払い,140時間未満の場合に1時間当たり一定額を減額する旨の約定のある雇用契約の下において,次の(1),(2)など判示の事情の下では,労働者が時間外労働をした月につき,使用者は,労働者に対し,月間総労働時間が180時間を超える月の労働時間のうち180時間を超えない部分における時間外労働及び月間総労働時間が180時間を超えない月の労働時間における時間外労働についても,上記の基本給とは別に,労働基準法(平成20年法律第89号による改正前のもの)37条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負う。
(1) 上記の各時間外労働がされても,上記の基本給自体が増額されるものではない。
(2) 上記の基本給の一部が他の部分と区別されて同項の規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない上,上記の割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間数は各月の勤務すべき日数の相違等により相当大きく変動し得るものであり,上記の基本給について,通常の労働時間の賃金に当たる部分と上記の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
【裁判官の補足意見に注目!】
テックジャパン事件では、次の裁判官の補足意見が出ています。
「支払時に時間外労働の時間数とそれに対する時間外手当額が明確に示されていること」
3.上記判例が意味するもの
いかがでしょう。裁判所の文章ですから堅い表現で多少読みにくいですね。上記2つの判例から読みとめていただきたいポイントは、「通常の労働時間の賃金と時間外手当の額に明確な区別がつかない場合は、固定残業手当制度は無効と判断される恐れがある」、ということなのです。
実務上の取り扱いはこうする
就業規則、労働契約書などできちんと説明しておきましょう
・就業規則などできちんと明示する
賃金(基本給・手当)中に固定残業手当額を明示。それが何時間分にあたるのかを労働基準法に照らして確認し、就業規則、労働契約書に明示する
・差額が生じた場合は別途支払う
.実際の残業時間があらかじめ固定化された時間を超える場合には、その差額を支払うことを就業規則、労働契約書に明示する
・給与明細・賃金台帳への記載をする
その都度.給与明細・賃金台帳に固定残業手当として計算された金額(差額も含む)がいくらなのかを記載する
固定残業手当を導入するのであれば、自社の平均的な労働時間(超過時間を含めた)を勘案して導入することです。そして最も大事なことは所定内労働時間内で完了するような適正人員配置、仕事の与え方を構築していくことなのでしょう。ワークライフバランスが求められる時代がやってきているのですね。
<参考記事>
制度改革で残業ゼロに
時間外(残業)手当計算時の正しいルール
注意!残業代計算の割増率は一定率ではない