舞台装置 ~フレキシブルな空間~
「勧進帳」はもとは能の「安宅」という演目をベースにしています。歌舞伎には、このように能から取り入れた舞台が少なくありません。その特徴の一つが舞台装置で「松羽目(まつばめ)」と呼ばれる、能舞台の様式を模した装置をつかいます。背景はシンプルで真ん中に松の木が描かれているだけです。具体的な背景が描かれた装置はつかいません。これは一見、分かりにくいと感じるかもしれません。けれどそのぶん想像力を働かせることで「関所を目前にした山中」「関所」「関所を抜けたあと」など、時間と空間を瞬時に移動していくことができます。
もし「勧進帳」をリアルな道具の前で演じようとしたら、もっと時間がかかり、道具を変えている間に見ている方の気持ちや緊張感が削がれてしまうはずです。
空間、時間を超越して表現していく発想は能が原点ですが、こうした演劇的なセンスが日本人には備わっていた、ということでも興味深いところです。
役者の個性 ~多様性の面白さ~
歌舞伎には見るたびに新しい感動があります。脚本通り、教わった通りに演じていても、そこには味わいの違う舞台が現れます。ちょうど同じレシピで調理をしても、作る人の個性が味ににじみ出てくるのに似ているかもしれません。わずかな好みの違い。ちょっとした隠し味を入れる人。スパイスを多めに入れる人。薄味が好きな人。出汁をたくさんとる人。新たな工夫を加える人。
「芸風」「修行の成果」「経験」といったものが、役者の個性として舞台に表れてくるわけです。
その人の演じ方次第で弁慶の「剛」が強く出たり、「智」の面が目立ったり。同じ弁慶を演じても中村吉右衛門、片岡仁左衛門、松本幸四郎、市川海老蔵…みなさんそれぞれに違いがあります。
同じ芝居をちがう役者で見る、というのは各々の個性を最も早く知るチャンスでもあります。「勧進帳」についてもぜひ、いろいろな組み合わせで見てみて下さい。
源義経